【書籍化作品】自宅にダンジョンが出来た。

なつめ猫

日本ダンジョン探索者協会(3)




 10人近くの警察官や刑事らしき人、さらに鑑識も来てアパートの2階通路は大渋滞であった。
 そして俺と言えば、階段を下りたところに停まっているパトカーに案内され警察官の指示の下、パトカーの中へ入った。
 もちろん野次馬根性を持つ日本国民性は発揮されており、いつも閑散としている細い裏路地は人でいっぱいだ。
 おばちゃんや子供や老人が集まってきて俺を指さしている。

「なんか俺が犯罪者みたいに見られてますね」
「……そんなことは」

 葛木巡査長は、苦笑いで俺に答えてくる。
 ただ否定はしてくれない。
 まぁ、どう考えても無職だからな。
 無職には世知辛い世の中だ。

「すみません、スマートフォン見てもいいですか?」
「構いませんよ」

 パトカーは走りだす。
 葛木巡査長の話だと、千葉東警察署まで5分もかからないとのこと。
 
 俺の予想だが、事情聴取もそんなに聞かれることはないだろ。
 問題は、窓ガラスが割れた修理費を誰に請求するかだが……。

 ここらへんは不動産会社と相談するしかないな。

 俺は、一人考えながら探索者がダンジョン外で暴力を働いた場合にどういうことになるのか調べる。
 
 ――だが、やはりどれも情報が削除されておりキャッシュですら残っていない。
 やはり、一般人では情報を探すのは無理があるか……。

 いくつかのサイトを見て回っていると

「近所に住む無職の山岸(41)がパトカーに連れていかれる件についてwwww」

 と、いうスレッドが立っていた。

 しかも、俺がパトカーに乗る直前の写真までご丁寧に貼りつけてあるではないか。
 
「山岸さん、どうかなさいましたか?」
「いえ、これを――」

 俺は、パトカーを運転している山上ではなく葛木巡査長にスマートフォンを渡す。


「これはひどいですね」
「本当です。まるで俺が犯罪者のようです」

 つとめて冷静に答えながら俺は心の中でため息をついている。
 せめてネットに画像を上げる前に顔の部分はボカしてほしかった。
 目の部分だけを黒い線で隠すとか容疑者確定の扱いはどうかと思うのだが。

 額に手を当てながら溜息をつく。
 
「まあ、山岸さん。かつ丼は出せませんがお茶くらいは出しますので」
「取り調べではかつ丼が出ると聞いたことがあるんですが?」
「それは都市伝説ですね」
「そうですか……」
「はい。あれって自腹なんですよ?」
「そうですか――」

 もう、どうでもいいや。
 俺は、まとめサイトに上がっている自分の情報を見ながら再度溜息をつく。

 まったく、すごいものだな。

 「住所特定しますた!」
 「また無職の犯罪かよ」
 「41歳とかマジねーわ」
 「うわ、不摂生すぎないか? こいつ、すげーデブだわ」
 「独身? 納得ですわー」
 「逆に結婚してたら、オマエラの負けー」
 「俺には二次元の嫁がいるし!」
 「ビザデブチビが犯罪ってwwww」

 次々に書きこまれていく誹謗中傷の荒らし。
 まるで、あの頃を思い出すようだ。

「山岸さん、大丈夫ですか?」
「俺、思ったんですけど……」
「何でしょうか?」
「この原因を作ったのって葛木さんなのでは? あそこまで大事にしなければ、俺がネットで叩かれることはなかったのでは?」
「――そ、それは!?」
「第一、鑑識とか刑事とか大げさ過ぎません?」
「あれは事件性があったと判断したからであって――」
「でも、それで俺とかネットで晒し物になっているんですが? そのへん、どう思うんですか?」
「市民の義務としか……」
「市民の義務のためなら晒されても問題ないと? 警察は一切の責任を負わないと? 結果的に迷惑を被っているのは俺なんですが? そのへんどうなんですか?」
「落ち着いてください! 山岸さんは、疲れているのです」
「まあ、たしかに疲労はしています。それは、警察の浅慮な行動のせいでもありますけどね」

 俺は肩を竦めながら後部座席に深く腰を下ろす。

「はぁー、これで就職絶望だな……」
「お気を落とさずに」
「それ加害者が被害者に言っていいセリフじゃありませんからね」

 ささくれ立っていた俺は、チクリと警察官に釘を刺すことは忘れない。
 とりあえず人の噂は75日という。
 しばらくは宝くじで当てたお金もあるから、それで暮らすしかないな。
 
 はぁー、引っ越しも考えないといけないか……。

 そんな金ねーよ!

 こうなったら幸運に全てのポイントを振って競馬で稼ぐしかないか……。


 千葉東警察署に到着した俺は、葛城巡査長の案内で特別個室に案内された。

「それでは、担当の者を呼んで参りますので――」

 そういうと葛城巡査長は部屋から出ていく。
 とりあえず部屋の中を見渡す。
 あるのは机と椅子だけで他には何もない。
 窓もないとは……、そう――、そこはまるで……。

 ――ガチャ

「失礼するよ」

 本当に失礼な奴だな。
 ノックもせずに入ってきて「失礼」と言うなら、まあそのままだろうが。
 さて――。



 名前 西貝(にしがい) 次郎(じろう)
 年齢 29歳
 身長 184センチ
 体重 67キログラム
 
 レベル1

 HP10/HP10
 MP10/MP10

 体力24(+)
 敏捷22(+)
 腕力23(+)
 魔力 0(+)
 幸運 8(+)
 魅力10(+) 

 所有ポイント0



 ……ふむ? どこかで見た名前だな……。
 たしか俺の牛丼を台無しにした奴の一人だったはずだ。
 名前はたしか……、西貝 牛一だったか? たしか、そんな名前だったような気がする。

 とりあえず、最初の対応が気にくわんからスマートフォンで生放送しておいてやろう。
 タイトルはそうだな……、【警官に尋問されている件についてで】いいか……。

 西貝という男は、そのままテーブルを挟んだ向かい側の椅子に座ると指を組んで俺を見てくる。
 やれやれ、威圧的な行動はあまりよろしくないぞ?

 ちなみにスマートフォンはテーブルの下で絶賛、生放送配信中だ。

「簡単な調書とお伺いしたのですが?」
「ああ、それだがね。君のアパートの壁から血痕が出てきた」
「はあ? それで?」
「山岸君、君は何か隠していないかな?」
「何をですか?」

 俺は、まっすぐに西貝という男を見ながら答える。

「それと一つお伺いしたいのですが、貴方はどこの誰でどなたなんですか? 私としては、名前も分からない。階級も定かではない人間と話すのは愚行だと思っているのですが?」
「――ッ!?」

 とりあえずジャブを打っておく。
 第一、自己紹介もせずに人様の個人情報を見るとか何様のつもりだろうか?
 警察様のつもりか……。
 ふむ、だんだんと協力する気が失せてきたな。

「西貝という」
「西貝さんですか? 役職はなどは? 警察官だと警部とかそういうのがありましたよね?」
「……警視だ」
「それでは西貝警視とお呼びすればいいですね」

 すっごい睨んできているな。
 どうやら、話の主導権を握られたのが気にいらないらしい。
 まぁ、警察官ってのは基本的に自分が上って考えをしているからな。
 とくに警視とかエリートだろうし、俺みたいな無職に主導権を握られるのは屈辱なのかもな。

「かまわない」
「それではお答えしますが葛城巡査長にお話しした通り、私は何も知りません。暴漢が家に来て暴れて警察を呼んだと言ったら逃げていった。それだけです」
「……それだけ? 本当にそれだけか?」

 しつこいな。
 それに俺の目をまっすぐに見てきているし、どうやら疑っているようだな。



 ――スキル「ポーカーフェイスLV1」を手に入れました。
 ――スキル「詐術LV1」を手に入れました。



 何やらスキルが手に入ったが、とくにスキルを振る必要はない。
 だてに社会人として20年以上働いてきてはいない。

「現場で発見された血痕だが、何か頭を壁に叩きつけられた可能性があるのだ」
「そうなんですか? それはヤバイですね」

 俺は肩を竦める。
 
「それに付近の住人からの話では、君が暴漢と戦っていたという証言まである」
「そうなんですか?」

 俺は首を傾げる。
 俺の家の前は空き家で、俺の部屋はアパートの奥まったところにあり、細い裏道からは見える位置にはない。
 声を拾うのがせいぜいだろう。

「何も心当たりはないんだな?」
「はい、まったくありません」
「こちらは、君が自衛隊と一緒に居たという証言も取っているんだが?」
「そうなんですか?」
「それでもシラを切ると言うのか?」
「シラというか何のことかまったく分かりません。それに簡単な調書と聞いていたから着いてきたのにまるで私を犯人扱いするような対応は納得できないのですが?」
「なるほど……、しばらく警察署で拘留することになりそうだ」
「それは任意ですか?」
「そうだが、何か?」
「いえ、それなら帰らせていただきますね」
「なんだと!?」
「だって任意なんですよね? 私が、警察を呼んでおいて問題を起こしているわけが無いじゃないですか? 普通に論理的に考えれば分かることですよね?」
「…………このまま帰すとでも?」
「はい。思います」
「警察も舐められたものだな。いくらでも罪をでっちあげて君を拘留することができるんだぞ? 事件性のある事件に協力するのは市民の義務だ! その義務を全うしないものは――」
「全うしない者はなんですか?」
「――な、なんだ……、そ、それは……」

 俺はテーブルの下に隠していたスマートフォンを西貝警視に見えるように翳す。

「いえ、取り調べって結構レアなケースじゃないですか? 何か無実な罪を着せられたら困ると思って取り調べの状況を生放送配信していました」
「……なん……だと……」

 西貝の顔色が真っ青になる。
 そりゃ、さっき「いくらでも罪をでっち上げて~」などと言っていたからな。
 
「どうかしましたか? まさか、私が任意に応じないことに腹を立てて無実の人間に罪を着せて拘留しようとしたのがバレて大変なんですか? うわ! すごいですね! 来場者数1088人 コメントが4000を超えていますね」
「そんなことして……」
「そんなことというのはなんでしょうか? まさか無実の人間にでっちあげた罪を着せて拘留しようとした事実を配信されたことが気にくわなかったんですか? さっきも言ったとおり私は犯人を見ていませんし血痕についても知りません。それ以外に、何の情報を提示しろと?」
「…………きさま――」
「貴様ではななく山岸という名前があります。西貝警視殿!」

 ギリギリと歯ぎしりする音が聞こえてくるほど、歯を食いしばり俺を見てくる。
 やれやれ、弟も弟だが兄も大概だな。

「それでは帰らせていただきます」

 俺は、扉を開けて外に出ると廊下を歩き千葉東警察署から外に出た。
 

 
 


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