青い空の下の草原にスライムの僕は今日もいる

野良スライムの人

6話 見えてきた世界とお腹が空いた

 泣きながら、小さな子供に引かれる大きな犬のように、河岸からチビスライムに草原の中に導かれた僕だったが、涙が止まって嗚咽も治まり、でも次にしゃっくりが出ていた。

「ひゅっく!」
「ビクッ!!?」

「ひくっ!」
「!!」

「ピッ?」
「キュッ?」
「ひーっく!!」

「ピッ! ピッ!」

 スライム達は、最初、僕の巨体がブルンと震えてから飛び出す音に、ビクッと驚いていたが次第に心配そうになり始めた。

 僕を積極的に、さらに草原のどこかに連れて行こうとしているのは、クリーム色の体表に黒豆みたいな斑点のついた、一番最初に僕に触れてくれた子。そして他に宝石のようなコバルトブルーの子。黒、と言うよりアンコ色の子。レモンイエローの子とトマトみたいに真っ赤な子。
仲良しグループかな。

「だ、大丈夫。久しぶりに泣いたから、横隔膜がひゅいっく! ごめんね。……止めるから……ひゃっく。だめだ」
「キュピ。キュピ。ピッ!」

「お、面白い?」
(しかしこの体に横隔膜なんかあるのか? あるとしたら僕スライムは肺呼吸、完全に陸生動物なのか。溺れかけたし?)

 僕が別に体に問題が無さそうと分かったらしく、かえってみんな、しゃっくりの音に喜び始めた。
「ピュッ。ピュッ」

「ど、どこに行くの? ひくっ!」
「キュ……」

 黒豆の子は、とにかく僕を目的地に急がせようと懸命で、僕に構おうと飛びついてじゃれたい、他の子を制したりしていた。
「何かあるんだね」

 何とかしゃっくりも止まり、僕は大きな体に、まとわりついているチビ達に気を遣いながら、慎重に黒豆の後をついて行った。
進むと意識すると体が前進しているけど、どう言う理屈か、いまいち分からない。後で考えよう。

 僕が素直について来るので、黒豆は進む速度をちょっと落とした。

 萌える青緑色の柔らかい葉っぱの広い草原を、ゾウアザラシのような、ライムグリーン色の僕スライムと、色取りどりのウサギスライム達が縦になって、全体でゆっくりと行進する。

 若葉の匂いが鼻をくすぐって(鼻があればだが)、胸の奥に思いきり吸い込むと、悲しい感情が代わりに吐き出した息になって出ていく。

 春が終わって一気に山の野原に草が伸びる。山道を歩いてむせるような匂い。ああ…… 焼きたてパンの香ばしい匂いを嗅いだ時にも似ている。
 子供の頃にその季節になると、友達とバッタやキリギリスの幼虫を野原で捕まえたり、ザリガニにおたまじゃくしを捕りに田んぼに入って、夢中になりすぎて農家の人に怒られたりしたなあ。

 そんな事を、思い出していたら。
「む、虫だっ!」

 美しい草原だけど僕達以外他の生き物は何もいないな…… と思っていたのに、突如僕の前の草から、バッタが飛び跳ねた。

「チョウチョもいる」

 横の小さな花。青いアザミに似た花の上に、白いチョウが小躍りするように舞っていた。

 真っ黒い大きな羽根のチョウが、草原の向こうを横切って飛び、あれはカラスアゲハだ。クワガタを探して林でよく見たチョウチョだ。
「チチッ。チチ。ツ゜ピッ!」

 スライム達の声ではない。涼やかなさえずりも聞こえるぞ。どこかに小鳥がいる。
どうして? 急に草原に様々な生き物が姿や、その気配を現し始めていた。
僕はちょっと止まって、周りや後ろを確かめた。

 すると僕の通った後に、僕の体に踏み敷かれた草の跡が道になって残っていたが、たくさんの虫がそこから跳ねたり、歩いて離れようとしている。

「今まで見えなかったのに」

 そして僕はハッと、周囲の風景に目を奪われた。
草原しか映っていなかった僕の視界に、この世界の地形が飛び込んで来ていた。

(どう言う事? 視界が…… 急に広がった……?)

「見えていなかった物が徐々に…… 見え始めているのか」

 真っ白い霞が取り払われたように、僕の右手のずっと遠くには白く高い崖が、前と左の草原の向こうには林が見えている。
前の林の梢の奥には、小高い丘の頂上が覗いていた。

(少しずつ…… 僕の目にこの不思議な世界が開けて来ている……?)

「ピュイ?」
「うん。大丈夫、何でもないよ。行こう」

 黒豆に促されると僕は、またゆっくりとチビ達の後をついていった。

 正面の林の中に入って、下草の無い獣道みたいな通路を抜けると、新しい草原に出た。さっき頂上の見えていた丘の麓になる。
 そこには小さい紫色の実をいっぱいにつけた、濃い緑の葉の草が、這うように茎を伸ばして辺り一面に生えていた。
 低い木も何本か立って、適当な日陰を草原にこしらえているが、幾本かは薄い桜色の花を咲かせている。

 なだらかにうねっている草原には、紫色の実の草以外にも。果実をならせている草が、他にもそれぞれに分かれて生えていて、先客のチビスライム達が、好き好きに自分の食べたい実にかじりついていた。

「キュ―ッ!」

 黒豆、コバルト、アンコ達、僕をここに連れて来たチビスライムが、飛び跳ねて仲間のいる果実の草原に入って行った。
「何の実だろう」

 黒豆が嬉しそうに口に含んでいる(はっきりと開けている感じはしない、お口が小さい)実が少しずつ溶けるように無くなっていって、その実はプチプチしていて美味しそうだ。

 黒豆達は、まず一番多く目立って生えている草の、小さな実がブドウみたいに固まっている紫色の果実から食べ始めていたが、僕もそうしてみようと思った。

 何だか世界の景色が増えて、いろいろな生き物も見えるあたりから、僕は体の内面の変化にも気がついていた。
「お腹がすいた……」

 でも、この実、僕にはかなり小さいんだよねえ。教えてくれた黒豆達にはちょうどいいんだけど。
 そしてさらに不安な事が。

(どこが、僕のお口なんですかね?)
 僕は慌てて目を伸ばすと、顔の前面と下顎? をくまなく見て調べたが無い。意識か? また意識を集中すれば、それらしいのが出てくるかな。

「キャアアアア!!!」

 口らしき物は出たが、そこから僕の悲鳴も出た。
 顔の下らしき部分に、グニャンと横に一本の線が表れて、左右に伸びると上下に開いたまでは、まあ許せたのだが、問題は口の中である。

 歯は小さなイボ上の物しか無い。代わりにサメの歯みたいな、大小の鋭い棘が無数に口の中を、びっしりと喉に向かって生えていて、取り込んだ物を何であれ、喉の奥に押し込もうとするかの造りになっていた。

「怖すぎだろおお!! 僕の口!!」

 今はもう叫んでも、声がスッキリとくぐもってなく、何よりどこから出ているのか良く分かる。僕のスライム声は無駄にいい声だな。

 慌てて目を引っ込めて、見るんじゃなかったと激しく後悔をした。

「に、肉食なのかっ。僕は!?」

「…モグ?」

 チビスライム達が、自分の口におののいている僕を、不思議そうに見ていた。
 アンコが、世話がやけるなあ。と言った表情で、口にくわえた何房かの紫の実を持って来てくれた。

「僕は…… この可愛いアンコや黒豆を、いきなり衝動に駆られて食べちゃったりしないだろうか」

 コバルトは別の草の赤い実を、伸ばした両腕に抱えて、どっさりと運んでくれようとする。ありがとう。うん。この実はイチゴみたいで美味しそうだね。

 レモンとトマトは草原の木に登ろうとしていた。チビスライムってすごいな。
「あの木にも何かなってる。大きいけど。リンゴかっ!」

 スライムを色であだ名づけして、レモン達がリンゴの木に登ると言うのも紛らわしいが、先に木の枝に上がったレモンが、いくつかの果物を下に落して、下でトマトがそれを集めると、押し転がしてやっぱり僕に持って来てくれる。それは黄色と赤の混じった、ソフトボール大の結構大きな実だった。

「本当リンゴに似てるなあ。これも美味しそう」

(待てよ。美味しそうに思えるって事は)

 期待の眼差しになっている、チビスラ達にプルッと頷いてから、僕は口を果実に寄せてみた。

 あまりにデカい僕の顔面の前にあったそれらは、僕がシユウッと軽く息を吸い込んだだけで、全部口にシュポッと入ってしまった。ダイスンの掃除機かよ。チビ達は大喜びだけど。

「ピキュ―――ーッ!!」

 舌、舌はあったっけ? 動いてるから、一応あるな。
!!? 

(め、めちゃウマですよ―――ー!??)

 僕は、自分の…… スライムの顔面がトロけてしまったかと思った。


「美味ーイ!!!」

 最初は果実と言うより、木の実に近い表皮の硬さで味気ないが、潰れるとジュワッと濃厚な果汁が弾けて口に溢れる。
見た目より水分も多い感じだ。

 とにかく味が後から強くなってくる。野生的でクセになりそうな渋めの最初の味、次に甘さが増してきて、芳醇な香りと匂いが喉と鼻に立ち込める。

 一つ一つは小さいが、紫色の実はチビスライム達にも人気のようだ。

 リンゴに似ていると感じた果物は、シャクッと噛み切れる果肉が厚みもあって食べごたえもあり、ほのかに薄い甘みの、やっぱりリンゴと、それに桃を合わせたような味で、適度の酸味があり喉の渇きもスキッと癒える。
この果物は…… いい!!

 こんなのがあればなあ。と言う僕の欲しかった味の好みにぴったりだ。
いや。これ果物屋さんにあれば売れるんじゃないかなあ。このイチゴに似てるのも食べてみたい。

「美味しい」

 チビ達はどんどん運んでくれて、僕もあまりの美味しさに、速攻でシュポシュポと口に放り込んでいたが、この図はまんまアザラシやシャチが飼育員の人に、バケツから一匹一匹魚を手渡してもらっているようなもので、黒豆もアンコ達も僕のエサやりに飽きると、次第にもう自分で探して食べなよ。と散って行ってしまった。

 ありがとう。ごめんね。

 でもシャチにしろイルカにしても、テレビなんかで水族館のショーを見ていて、体に合わないあんな小さい魚一匹をもらって嬉しいんだろうか? と不思議だったけど、うん、気持ちがすごく理解できたよ。芸は覚えられるか自信が無い。

 黒豆達は…… 他の子達と遊び始めたなあ。

 よし、僕は自分でもうちょっと、食べている子の真似をして、いろいろと試して味見をしてみよう。
 急に食欲がぐんぐん出てきてる。

 気がつかないうちに、僕は稲や麦のような穂をつけた草を食べているチビ達に交じって、それらまでモリモリと口に入れていた。
 あの口の中の怖い棘が、大量の草を飲み込むのに役に立っている気がする。

(この草はたくさん一か所に生えていて、淡白な飽きの来ない味だし何より量がいける。お腹にすごくたまって食べたあって満足感があるね。栄養価が高いのか力も湧いてくるし、これは主食にできるかも。ご飯草と名づけよう)

 チビスライム達を、本能で襲ったりしないか心配したけれど、僕は図体が大きいが、黒豆達と一緒の、どうやら思いきり草食系のスライムのようだった。僕がチビ達を攻撃するなんて、そんな事は無いと分かっていても安心した。

「お腹いっぱいだ。みんなは?」

 黒豆達も、食べて遊んで、リンゴの木の根元に集まると休んでいた。

「僕も木陰に行くかあ」

 天気はあいかわらず良く、木陰に一緒に入れてもらって、ウトウトとして来た目で空を見上げると、薄黄色い太陽が草原と林を横切ろうとしている。
「ちょっとずつ動いてる。この世界の太陽。僕の世界と全然同じだ」

 新しい世界の、前の世界と変わらないお日様。

 小さくて可愛い優しい仲間達。清々しく素晴らしい風景。
お腹いっぱいに食べられる、瑞々しく美味しいたくさんのご馳走。

 まだよく分からないが、頑丈そうで以外といろいろ便利な自分の体。

 爽やかな風が、丘の上から麓にサーッと吹いて来た。今まで食べていたご飯草の穂先がかすかに揺れて、風は草原の隅ずみに渡っていく。


 僕はホッとした瞬間眠りに落ちてしまった。不安や心配がすっかりと消えて、お腹もくちて、とても心地良い気分だった。


コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品