青い空の下の草原にスライムの僕は今日もいる

野良スライムの人

1話 僕……転生

 乱暴な運転で飛ばして走って来た車が、前にいたスクーターを煽るように追い抜こうとして、バカのようにいきなりスリップすると、信号待ちをして立っていた僕達、何人かの目の前に突っ込んで来た。

   猛スピードで迫って来る車体に、あっと思ったが、視界がそこで斜めになった。

   次に見えた僕の体が腰から信じられない姿勢に折れ曲がっていた。痛みは感じなかったが、ギョッとして、その瞬間に僕はこれは死んだと思った。そして電気の球が切れたように、視界が真っ暗になると意識を失った。

 ちゃんと生きていた時の最後の記憶は、多分こんな感じだったろうと、断片的にしか思い出せない。
 仕事に行くのに、いつもと同じ時間に自宅を出て、同じ電車に乗ろうとする。
 決まって同じ信号に引っかかって佇み、正直今日は仕事をさぼりたいなあ。などと考える一日の始まりのルーティ―ンに、ただボーッとしていたら、あっけなく僕は、無謀運転の車に潰されて死んでしまったんだと思う。

 そして…… 。

 再び意識が戻ったのは…… 。死んでしまったみたいだから、意識が戻ったってのもおかしいんだが。

 暗い… 静かな海の底に、体を横になって引き込まれていく感覚が初めにした。体は動かせずに目を開けようとして、何度目かで、瞼が重く薄く開いた。僕は本当に深い水の中にいた。
 真上の、あれは水面だろうか。かすかに光って揺れている。

 呼吸は? しているのかどうかも分からない。でもなぜか苦しくはない。
 意識があるような、まだ寝て夢の中にいるような、重力を背中の後ろにわずかに感じて、ユラユラきらめいている水面から離れていきながら、人の声が小さく聞こえていた。

「この男の人が私と子供を突き飛ばしてくれて…… 私達を車からかばってくれたんです!」
「救急車はまだかっ!?」

「ひどい……こりゃ無理だろう」

 そうだ。信号待ちをしていた自分の横に、若い女の人と幼稚園の制服を着てる男の子がいたなあ。二人は車に巻き込まれなかったのか。

 ……なら良かった。他にいた人達は。あれ? でも人の声が聞こえるって事は、僕はまだ生きているのかな。誰かが僕に触っている。
 しかし、人の声は耳鳴りのように変わって、じきに何も聞こえなくなった。

 もう……このままでいいよ。痛くもないし。万一助かって生きられたとしても……あの体はもう。僕の体は今…… 。

 母さん。父さん。こんな事になって、親孝行できなくてごめん。そして…… 最後に。
(一回くらい……彼女欲しかった)

 水の中の体はやっぱり動かせなかったが、むしろ気持ちいい。
 麻酔されたような心地良さに身をゆだねて、どんどん体は沈んでいき、暗くやがて水面も何も見えなくなって、僕は目を閉じた。

 どこまで落ちていくのだろう。底は分からないが相当深いのだろうと感じた。また意識が薄らいでいこうとしていたら、沈み続けている僕を、何かが押し上げようとしていた。
 だんだん冷たくなっていた周りの水が、背中から温かくなって全身を包んでいく。

 目を閉じたままでいるか。もう一度目を開けてみるか。

 僕のその意思を確かめるように、その温かい何かは、ゆっくりと、けれど僕の体を力強く持ち上げて行く。
 大きな、誰かの手? 

 意識がはっきりと覚醒して、思わず僕は目を開けていた。真っ白に光り輝く水面が、もう手の届きそうな所に見えている。
 とたんに息が苦しくなり、僕は水を飲んでゴボゴボと吐くと、思いきり水面の上に、手ではなく体を伸ばしていた。

 体が動くぞ!? それもすごい力だ!!
 僕は水の上に大きく踊り出していた。うわっ。光が眩しい!!

 鯨がジャンプするように、僕の大きな? 紡錘形の? 太長い巨体は、ドーンとその全身をひねりながら水面に飛び出すと、一瞬宙にとどまってから、それからドバーンと豪快な水しぶきを撥ね上げて、また落ちた。

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