まるで化け物みたいだ

水無月六佐

まるで化け物みたいだ

 何の変哲も無い一軒家の自室で、学ランを着た青年は一人でぼうっと立っていた。青年は中肉中背で、どこといって特徴のない、どこにでもいるような一般的な男子高校生であった。……ただ、敢えて特徴を挙げるのならば、その青年の目が死んだ魚のような目をしているところだろうか。


 そんな青年に後ろから声をかける少女がいた。


「なんじゃ、ヌシよ。しけた面をしおって。何か嫌なことでもあったのかの? それは心配じゃのー」


 少女は、女性にしては背が高く、時代錯誤な色鮮やかな着物を着ており、艶やかな白髪はくはつは地面スレスレまで伸び、おまけに額から鬼のような一本角が生えているという、青年とは正反対で、特徴の塊であった。


「……お前なら知ってるはずだろ」


 やたらと楽しそうな口調で自分を心配する少女に青年は素っ気ない口調で答えた。


「……まあ、そうなのじゃが」


 ほほ、と、朗らかに笑うと、少女は青年の周りをグルグルと回り始めた。青年の部屋はそこまで広くはないうえに、ベッドまで置いているので、壁やらベッドやらにガンガンとぶつかりながら回っていたが、それでも少女の表情は楽しそうだった。


 青年が鬱陶うっとうしそうに少女を見ている間も、グルグル、グルグルと回っていた。どうやら、青年が話し始めるのを待っているようだ。


 知ってるくせに。と呟きながらも、青年は淡々と話し始める。


「……クラスメイトの頭を蹴った。そして、カウンセリングを受けることになった」


「ほうほう、それで?」
 

 実に面白い、というように、満面の笑みで顔を近づけてくる少女から目を逸らしながら青年は続ける。


「蹴ったといってもただ理由もなく蹴ったんじゃない。僕が書いていた原稿用紙をアイツがグシャグシャにしたから蹴ったんだ。……衝動的な行動だったのは否定できないんだけど」


 青年は肩を竦めながら続けた。全てを知っている少女に語る。


 青年は、ある部活動の部長であり、そのクラスメイトはその部活の副部長だった。二年生が二人しかいないので強制的にそうなったという。


 しかし、本当ならば、部長がそのクラスメイトで、副部長が自分になるはずだったらしい。青年はクラスメイトの事を信頼していたが、彼、学年が上がり、段々と急激に堕落していった。考査の成績は一気に落ち、それを変えようともせずに、ただただ堕ちていったという。彼が次第に部活をサボるようになったので部長を任せることが出来なくなり、消去法で青年が部長に選ばれ、クラスメイトは名目上でのみ副部長となった。


 青年は、部長という責任感やプレッシャーに押しつぶされたり、仕事を任せられることに恐怖を感じていながらも、なんとか部長という役割を果たしていた。


 そんな自分を見て、『大変だなー』と、堕ちながら笑うクラスメイトに対して暴力を振るってしまうのは時間の問題だっただろう。だからこそ、ちょっとしたきっかけで爆発してしまったらしい。


 そのとき、青年は部長の仕事で、自分の部活動の紹介を原稿用紙に書いていた。『ちょっと見せて』と、クラスメイトがその原稿用紙を手に取ったときに、少なくともクラスに一人はいるタイプのやんちゃな男子がいきなり、彼に飛びかかり、プロレス技をかけた。そして、彼が持っていた原稿用紙はグシャグシャになっていた。


 その光景を見た瞬間、青年は、プロレス技をかけられて組み伏せられているクラスメイトの頭を思いっきり蹴ったという。寧ろ、クラスメイトは被害者で、紙をグシャグシャにしたのは、そのやんちゃな男子だったというのに。


「本当に蹴るべきはそいつだったんだけどさ、『アイツの手が、僕の書き上げたものをグシャグシャにした』って事が、僕にとっては十分に蹴る理由になったんだよ。……あんな紹介なんて、5分もあれば書き上げられるのにさ」


「バイオレンスじゃのー」


 少女が間の抜けた声で言うが、青年は気にせずに続ける。


 幸いにもクラスメイトは軽傷で済み、しばらくのうちは教師にはバレていなかったが、二週間後、ひょんなことからバレて、青年は放課後に担任に呼び出された。


 クラスメイトとは翌日和解することが出来たが、また改めて向こうの親とこちらの親を呼んで謝ることにでもなるのだろうかと思ったが、違った。


「あなたにはカウンセリングを受けてもらったほうがいいと思うんだけど」


 中年の女教師は続ける。


「今回は軽い怪我で済んだからよかったけど、次に起こすときもそうとは限らないでしょ。強制はしないけど、あなたにとっても良い機会だと思うから、どう? 君が『はい』と言えば、私が予約をとっておくけど。」




「僕は断ったさ。自分の衝動に身を任せて暴力を振るったのは今回が初めてじゃないし、今回の理由はしっかりと分かっている。それに、二週間の内に自分を見直して、言い訳をして自分の責任から逃げ出そうとしている自分をもう少しで変えられそうな兆しが見えていたからさ」


「しかし、ヌシ、その担任からは次に何かを起こす前提で話を進められておるのう。信用ゼロかえ?」


 ほほ、と朗らかに笑う少女に青年は自嘲的な笑顔を返した。


「ああ、そうみたいだ。断った後、『本当に大丈夫?』って聞かれた後にまた同じ話が始まってさ……5回目くらいで僕が折れた。……どうやら、無理やりにでも僕をカウンセリングに行かせたかったらしいな。僕が次に何かを起こしたときに、『然るべき指導をしていなかったから』って理由で責任を負わなくていいようにさ」


「まあ、自分の身は大切じゃからのー」


 至極当然、というように頷く少女。


「まあ、それが丸く収まる方法だから折れたんだけど。カウンセリングカウンセリングカウンセリングカウンセリングカウンセリングって何度も繰り返されているうちに思ったんだ。『まるで僕が化け物みたいだな』ってな」


「化け物、のう……」


 ニヤニヤと笑いながら少女は話を聞き続ける。


「たしかに、周りの人たちとたまにズレを感じたり、それが原因で担任を怒らせたりもしたけど……今思えばこれで目をつけられていたんだろうな。……まあ、それはともかく、それでも僕は人間なんだ」


「人間、のう……」


 と、ここで、今までずっとニヤニヤと笑いながら話を聞いていた少女が真面目な表情になった。


「……そこまで拘ることかの? たしかに、ヌシらの社会が人間により構成されておる以上、ヌシが人間でおりたい気持ちは分かるが。そもそも人間ってなんじゃ?」


「自分の事だけを考えず、思いやりに溢れた心を持った存在……?」


「……国語の考査で同じような回答を書いた記憶があるのじゃが。何月記じゃ? それ。それが人間なのなら心配せずともこの世界に人間ではない者が沢山居るわ。……まあ、とにかく、じゃな、儂が思う人間は、周りとの共通の認識が出来る者で、化け物は、他人との認識にあまりにもズレがあり過ぎる者……かの? 知らぬけど」


「投げやりだな……まあ、さっき言ったことにしてみても、思いやりなんて人によってどう取るかが違うからな。その受け取り方があまりにも他人と違いすぎると、他人からは気持ち悪いと感じられるんだし。……例えば、同じように国を想う人が二人いて、一人は国の発展のために無用な人を殺し、迅速な発展に取り組む人。もう一人は、国民を誰一人も見捨てずに、ゆっくりと国を発展させていく人。現在の人にどちらが人間であるかと尋ねたらもちろん、大多数が後者を選ぶんだろうけど、時代や地域によって前者が選ばれるかもしれない」


「そうじゃ。長い目で見ると、人間の定義は次第に変わっていくものじゃ。今のヌシは化け物のような思考かもしれぬが、それは『現在』での話じゃ。……まあ、人は現在にしか生きられぬから、その時代の化け物は化け物のままなのじゃが。……しかし、アレじゃ。中途半端で迷っておるのが一番駄目じゃ。それが理由でうじうじと立ち止まっていては仕方あるまい。自分が人間なのなら、大多数の人間と波長を合わせて生きてゆけばいいし、それが出来ぬ化け物ならば、化け物にしか出来ないことでもやっておればいいじゃろう」


「……まあ、化け物にしか書けない物語もあるかもしれないよな」


 青年はベッドに腰かけた。人とのズレを自覚して諦めた夢を、また追いかける気になったのだろう。


「……うん、開き直ってやってみるか」


 決意を胸にした青年の瞳に光が宿った。


「頑張なのじゃ」


 少女の声が青年の脳に響くが、姿はどこにもない。……いや、そもそも、最初から姿なんて無かったのかもしれない。


「ありがとう……とは言わない。けど、その代わりにこの言葉を言うよ」


 青年が独り言を言う。


「……これからも一緒に頑張ろうな」

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