完全不適のカミガカリ

水無月六佐

完全不適のカミガカリ

「うー……寒ッ!」
 辺りは一面の田畑。陽は沈み、鮮やかな緑は薄暗い闇と混ざり合い、鈍い光を帯びている。
「もうすぐ春なのに、ぜんっぜん暖かくならないなー……」
 セーラー服を着た少女は人気ひとけのない道を一人で歩いている。
「……それにしても、遅くなっちゃったなぁ。大学、遠かったし……あぁー、早く都会で一人暮らししたいなー……その為に勉強頑張ったんだし……合格、できるかなー……」
 この日、少女の第一志望校の入学試験が行われた。辺鄙へんぴな地域に住んでいる少女が『都会』を訪れたのは、人生で数回目の出来事、公共交通機関をフル使用で片道三時間掛かる大イベントであった。
「でも、出来はまずまずだったし、きっと大丈夫! ……って、独り言を言ってても仕方ないよね。これが癖になっちゃったら都会の人に気味悪がられちゃう……」


 しばらく無言のまま歩き続ける少女。辺りはしんしんと静まり返り、闇はその勢力を広めて少女を包み込んだ。
「……うん、やっぱり怖い。暗すぎるよ……街灯とか、こっちにもあればいいのに……」
 この時間帯に帰宅するのは少女にとって初めての事であった。況してや、今日の少女は都会の煌びやかな光をたっぷりと浴びているのだ。眩い光からの闇。その心細さというのは計り知れない。
「まさか、事故で電車が全然動かないなんて……そのせいでバスの終電も逃しちゃうし……ここから家まであと一時間半くらいはかかるし……」
 少女の家は現在地から小山を一つ越えた先にある。


「あ」


 分岐路。


 少女の前には二つの道があった。
「どうしよう……早く帰りたいし……でも……」
 一つ目の道は、山のふもとをぐるりと回る道。それなりに整備もされている。
 そしてもう一つの道は、山を突っ切っていく道。足場が悪く、それはもう獣道とも呼べるようなものであった。
 前者は安全ではあるが、時間がかかる。
 後者は時間を大幅に短縮できるが、怪我をする恐れがある。
 いや、それだけではない。少女にとってそれは大した問題ではないのだ。


『夜、この山に入った人間は化け物に喰われる』


 少女が住んでいる地域に昔から語り継がれてきた伝承である。


『どぉしてもあの山さ入きやねばいけねどきは走れ。転んだば走れ。絶対さ立ち止まらの。……ばんげ? まいねまいね! 絶対さ入らの! 化け物さ喰われちまうど!』


 少女も幼い頃から父親に嫌というほど聞かされており、これまで少女が夜間にこの山に立ち入る事はなかった。
「ば、化け物なんて、そんなもの信じてバッカみたい。もうすぐ大学生になるんだし、都会の人になるんだから、流石にそんなの嘘だってわかるよ」
 そう言いながら少女は山へと続く道を見つめ、携帯ライトを構える。
「そんなの、危ないから夜に山に入らないように子供に言い聞かせるためのただの迷信に決まってる。……確かに夜の山は視界が暗くて危ないだろうけど、気をつければ大丈夫、大丈夫」
 少女はそう自分に言い聞かせながら一歩前に進む。


「……明るい時間に入るときは走ってこの道を通っていたんだから、このくらい、へっちゃらだよ。うん」
 独り言を呟きながら少女は進む。


「うん、やっぱり足が覚えてる。転ばないで済みそう」
 少女は前だけを見て足早に歩く。


「……うぅ」
 日が昇っている時間帯でもこの山中は木々が生い茂り、薄暗くて不気味な雰囲気を醸し出していた。真夜中ともなると、その不気味な雰囲気は濃縮され、少女の全身へと染み渡っていく。


「早く、早く家に着かないかな……」
 この山は小山と言ってもかなりの急勾配である。しかし、十八年間この地域で生まれ育った少女の足腰であれば昼間のように全力で走れば、ものの十分じゅっぷんで自宅に辿り着くだろう。


「流石にいつものペースでは走れないから二十分くらいはかかるんだろうなぁ」
 いや、そもそも、何故、走らなければならないのだろう。何故、少女の父親は『昼間に山に入るときは全力で走れ』と忠告していたのだろう。
 伝承にある化け物が居るかもしれないからだろうか。のんびりと歩いていたら化け物に見つかるかもしれないから?


 そうだとしたら、『いつ如何なる時も、あの山に入ってはいけない』と忠告するべきではないだろうか。確かに、昼に見つかるのと夜に見つかるのとでは、夜に見つかる方が逃走が難しくなるだろう、というか、逃走は殆ど不可能となる。だからと言って、昼間に山に入る事が安全だという事にはならない。


「……え、何、これ?」


 それは単純な理由だった。


わら……人形?」


 見ない方がいいものが、ミテハイケナイモノが、その山にはあるから。全力で走ってでもいないと、それが嫌でも目に入ってしまうから。


「こ、こんなの……あったんだ」


 ライトで照らされたそれは腹部を五寸の釘で刺され、木に打ち付けられた藁人形。中に『何か』が入っていたのだろうか、腹部から下部にかけて赤黒く染まっている。
「……ッ!」
 何かに耐えきれなくなったのか、少女は駆け出す。
「嫌ッ! 嫌ぁッ! ご、ごめんなさいッ! ごめんなさいッ!」
 謝罪の言葉を吐き散らしながら、少女は山を駆ける……が、石に足を取られて転んでしまう。
「うぐ……ッ! はやく、早く帰らないとッ! 家さ帰りたいよぉ! お父ちゃぁん……ッ!」
 少女はすぐさま跳ぶように起き上がり、また走る。
「ひゃッ!」
 しかし、また転ぶ。
「はやく、はやく……ッ! う、嘘ッ!?」
 先程のように、起き上がって走ろうとするが、出来ない。少女は脚をってしまったらしい。
「う……く……ッ!」
 少女はゆっくりと地面に手をつけて、片脚に力を入れて立ち上がる。


「う……う……」
 ゆっくりと歩く事しか出来なくなった少女は、恐怖に身を震わせる。
「こんな山、入らなかったらよかった……! お父ちゃんの言う事、ちゃんと守らなかったから、こんな事に……! ……知りたくなかったッ! こんなの……ッ!」
 嗚咽混じりに後悔の言葉を吐き出す少女。


 しかし、この山の恐怖はこれだけではない。


 これで済むのなら、どれだけ良いだろうか。


「……え?」


 少女は何かを感じた。


 自分の背後に何者かの気配を感じた。


「……ッ!」
 少女は振り向かない。何かが居たところで、逃亡など出来ないからだ。
「……!」
 少女は、自分の肩を何者かに触れられたような錯覚に陥る。
 いや、それは錯覚などではない。『何者か』は今も少女の右肩を掴んでいる。ゴツゴツとした岩のような手は少女の肩を離さない。


 それでも少女は前だけを向いて歩き続ける。




 暫くの間、静寂が山中を包み込んだ。




「……ッ! あああああああああああああぁぁぁぁぁァァッ!」
 が、その静寂は『グチャリ』という何かが潰れるような音とその直後に発せられた少女の叫び声によって破られる。
 少女は自分の右肩を見る。暗くてよく見えないが、少女の肩付近はドロドロとした液体で濡れていた。
 その液体は少女の体内から止めどなく溢れ出ている。


 そう、少女の肩は握りつぶされてしまったのだ。


「あ……ひッ!」


 そして、少女の視界に入ってしまった。


 自分の肩を潰した者の姿が。
 古くから言い伝えられている化け物の姿が。


「ひ……ひえぇッ!」


 少女はついに振り返った。
 ライトの光で化け物の姿が明らかになる。
 それは、全身を爬虫類のような鱗に覆われた人の様な姿をしていた。
 頭部は薄気味悪く黒光りしているスベスベとした球体のようなもので、顔と呼べるような部分は存在しない。少女の肩を消したその手は真紅に染まっていた。
「ーーーーーーーーッ!」
 ライトで照らされた事が原因なのか、化け物は頭を抱えて悶え苦しんだ。
「ッ! い、今ならッ! ……ッ!?」
 少女が希望を見出したのも束の間、化け物は悶えながら液体の様に形状を変え、彼女の足元へと近づき、そして、少女の背後へと回った。
「ッ! ひッ! ……ぐッ!」
 少女は即座に振り返る、が、その瞬間、化け物に顔面を鷲掴みにされ、少女が持っていたライトは地面へと落ちる。


 少女は想像してしまう。数秒後に血を撒き散らしながら破裂する己が頭部を。


 少女は妄想してしまう。これから歩んで行くはずだった幸せな未来を。


 少女は考えてしまう。あの分岐路に立った時、もしも自分が山に入らなければ、自分は死ぬ事はなかっただろうに。と。




「どおりゃあああああぁッ!」


 しかし、少女は無傷だった。
 いや、正確に言えば、化け物が手を離し、地面に放り投げられた際に肘を擦りむいたが、彼女は生きていた。
「へ……?」
 何が起こったのか理解できていない少女は、只々見ていた。


 誰かが化け物と戦っている光景を。


「く……ふんッ!」
 化け物がパンチを繰り出すのを受け止め、お返しに化け物の腹辺りにアッパーをお見舞いする『誰か』。
 その額にはツノが生えていた。太くて大きい一本角が。
「どりゃッ! どりゃあぁッ!!」
 続けざまに化け物を殴り続ける『誰か』。その勝負は一方的だった。
「な、何……これ」
 少女はずっと口をパクパクと動かしていた。彼女の脳は目の前の光景の理解を拒否しているようだった。
「トドメだッ! 喰ら……あ、ヤベぇッ!」


「あれま、時間切れのようじゃのう」
 化け物に最後の一撃を喰らわせようとした『誰か』からまた別の『誰か』が現れる。


「え? え……?」
 最早少女には何が起こっているのか理解できない。


「あれま、じゃねえよッ! うおッ!」
「うおう」
 化け物の蹴りを後ろに跳躍して何とか躱す『誰か』と『誰か』。
「これ、霜月しもつきッ! さっさとどうにかせんかッ!」
「わかってるッ! よッ!」
「うむ、そうか、それじゃあ、わしはこっちに避難じゃ」


「へ……?」
 片方の『誰か』が、フワリと浮遊しながら少女の真正面にやって来た。
「おお、素敵な別嬪べっぴんじゃの! ちぃとお隣に座らせてもらってもよいかの?」
「え……? へ?」
 少女の返事を聞く前に、『誰か』は少女の隣で正座をする。


 少女の隣に座った『誰か』の額には、さっき一人だった『誰か』に生えていたものと恐らく全く同じであろうツノが生えていた。……いや、それよりも、少女は隣に座っている『誰か』の美しさに目を奪われていた。
 暗闇の中でも美しく輝く白髪はくはつ、キリッと上につり上がっている大きな瞳、ツンと尖った高い鼻。そして色艶やかな光を帯びた着物。その全てが『彼女』という美女を創り上げる為に調和していた。


 浮世離れしたその美しさに少女は魅了され、美女を見つめているが、見つめられている美女はそんな事など気にもせずに、『誰か』と化け物の戦いを見ていた。


「って、おいッ! 何でお前が安全地帯にッ! いるんだッ! お前の方が強いッ! だろうがッ! ……つッ!」
 化け物の攻撃を器用に躱す『誰か』だが、完全に躱す事が出来ている訳ではなく、擦り傷を幾度となく受けていた。
「そんな細かい事など気にせず早く倒すのじゃ! このままじゃとジリ貧じゃろうがッ! さっさとやっちまわんか!」
「ああッ! クソッ! 分かってるよッ! ……うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉッッ!」
 『誰か』は雄叫びを上げる。『誰か』の迫力に圧倒された化け物が一瞬だけ竦む。


 そう、その一瞬だけでよかった。


「……消えろッ!」
 『誰か』がズボン辺りから何かを取り出し、化け物に貼り付けた。
「ーーーーーーッッ!!!」
 化け物はどこからか金切り声を上げながら消滅した。


「……ふぅ。どうにかなったな」
 『誰か』が安心したようにその場に座り込む。
「うむうむ……しっかし、『神懸かり』が解除された時はヒヤヒヤしたのう」
 美女がくつくつと笑いながら『誰か』の元へと浮遊していく。
「笑い事じゃねえよ! 我先にと逃げやがってッ!」
「えー……でも、儂、花も恥らうか弱い乙女じゃし」
「え? 具体的にどの辺が?」
「はー? よく見ろ! 儂の身体全体からムンムンと漂うこのか弱い乙女オーラをッ!」
「いや、もうよく分かんねえよ……」


「あ、あのー……」
 二人で話し始めてしまった美女と『誰か』に意を決して少女は話しかける。


「ん? おお、そうじゃったそうじゃった! 其方そちったのう!」
 ポンと手を叩き、ニコニコと少女の顔を見つめる美女。『誰か』はそんな彼女に目線をするように美女の目の前に手を掲げながら、少女に話しかける。


「えーっと、大丈夫? ですか?」
「あ、えっと、助けてくれてありがとうございます。お陰様で……あ、でも、肩が……」
「……肩? ……うッ!」
 『誰か』がライトを取り出して少女を照らすが、その瞬間に『誰か』の顔が歪むのが少女にはハッキリと見えた。


「あれまー……やけに血の臭いがすると思えば、そういう事じゃったか」
 一方、美女の方は特に何とも思っていない様子で少女の肩を見ている。


「……? ひ、ひぃぃぃぃぃぃぃぃッッ!!」
 そんな二人の様子を見て、少女はライトに照らされた自分の右肩を見る。


 いや、最早『少女の右肩』と呼ぶことが出来る部位は存在していなかった。


 本来、『少女の右肩』が存在しているべき場所にはポッカリと穴が空いており、右腕も皮膚の皮一枚でどうにか繋がっている状態で、プラプラと力無くぶら下がっていた。


「んー? 気づいておらんかったのかの? まさかここまで酷いとは思っとらんじゃったか?」
「うぅ……ッ! 肩がッ! 腕がぁッ!」
「……御伽おとぎ
「うむ、心得た」


 『御伽』と呼ばれた美女は、パニックに陥る少女の目の前まで浮遊していき、地面に膝をついて目線を合わせ、少女に優しく語りかけた。
「……落ち着くのじゃ、少女よ」
「お! 落ぢける訳ないッ! だってッ! 肩がッ!」
「やれやれ……『いみ』と遭遇して生きておるだけでも幸運じゃというのに……まあよい。……少女よ。儂にアイデアがある。儂の顔を見てはくれんかの?」
「……?」
 美女の言葉で落ち着きを取り戻した少女は真っ直ぐと美女の顔を見つめる。


「うむうむ、それでい。……少女よ、よく聞け。『儂はこう見えて治療には事長ことたけておる。儂は其方の肩を治す事も可能』じゃ」
「ほ、本当に……!?」
「ああ、『本当』じゃ」
 美女はニッと口角を上げて笑いながら、少女の肩辺りに手をかざした。
「……! わあッ! す、凄い!」
 少女の肩は元どおりになっていた。破れた洋服さえも完全に元どおりに。


「ふふん、そうじゃろうそうじゃろう」
 えへん、と胸を張る美女。その様子は無邪気な子供のようだ。
「あ、あの! 先程は本当にありがとうございましたッ!」
 少女は改めて二人に感謝の意を表明する。


「いや、いんじゃいんじゃ、そんな事。……ああ、しかし、一つ、聞きたい事があるのじゃ」
「え、何ですか……?」
「……どうすればこの山から出られるのかの?」


--


「え、道に迷っていたんですか!?」
「うむ、儂らには行かねばならぬ場所があるのじゃが、そこに行く途中で間違ってこの山に入ってしまってのう」
「もう絶対にお前の言うことは信じねえからな」
 コロコロと喉を震わせながら笑う美女と不機嫌そうな青年。


 先ほど少女を助けた『誰か』と『誰か』である。


 美女の方は先述の通りだが、青年の容姿は至って普通。いや、少年の面影が残っている童顔どうがんの青年で、文句なくイケメンと呼べるようなタイプなのだが、美女の様な浮世離れした雰囲気は無ければ、一本角も無い。


「……えっと、二人はどこから来たんですか」
 会話に入りづらい少女は、無理やりにでも話題を作ろうとする。
「ああ、福岡都ふくおかとの方から」
「えぇぇッ!? 福岡ッ!? す、凄い都会ですよね!?」
「ああ、はい……」
 青年は嫌そうに身体を反らしている。


 戦後急速展開重要都市、福岡。戦前は『福岡県』と呼ばれていたが、唯一解体されなかった大財閥による戦後の急速な発展により、『福岡都』と呼ばれる様になった地域。
 一般人でも知らない人はいない様な、例を挙げるならば、都道府県を習う子供がまず初めに学習するのは、自分が住んでいる県か首都である東京か、福岡かという程の大都市だ。田舎者の少女の目が輝かない訳がない。


「へぇーッ! 凄いなぁ! いいなぁッ! ね、ね! どんな感じなの? 福岡って!」
「……」
 完全に面倒くさそうな雰囲気を醸し出している青年。


「……あ、そっか、自己紹介がまだでしたね!」
 急に思い出したかのように少女は言うが、青年は『それが理由じゃない』という眼差しで少女を見ている。
「あ、はいはーい! それじゃ、まずは儂から自己紹介するのじゃ! 儂は御伽おとぎじゃ! 年齢は不詳じゃ!」
 バッと手を挙げ、子供のようにはしゃぎ散らす、御伽という美女。
「……六十三ろくとみ 霜月しもつきです。十五歳です」
「へぇーッ! 私の三つ下……えッ!? 何!?」


 突然、霜月と御伽の間にピリピリとした雰囲気が広がったのを察知した少女は不安そうに二人を見る。
「下がっておれッ! また先程の様な化け物が来るぞッ!」
「ひえッ!?」
 少女は身体を縮こまらせてその場に座り込む。
「……行くぞ、御伽!」
「うむ!」


『神懸かり!』


 二人が同時に何かを叫んだ瞬間、御伽が霜月の中へと『入って』いった。
「え、え……!?」
 その瞬間、霜月の額から、御伽に生えていたのと全く同じ一本角が生える。
「今度はさっさと終わらせてやるッ!」
 霜月は思い切り地面を蹴って、前方へと跳んだ。


「……?」
 少女は首を傾げていた。




 二十秒後、角の生えた霜月が少女の元へ戻ってきた。
「……ふう」
「え、えっと、その角は……?」
「其方は知らんでよい事じゃ」
「わッ!」
 霜月の身体から御伽が現れる。その瞬間、霜月の額から角が消える。
「し、知らなくていいって……二人は一体……」
「それも、知らなくてよい事じゃ。儂らは其方の味方。それで良いじゃろう? ……ん、霜月、それは何じゃ?」


 霜月は一本の木を、その木に打ち付けられていた物を見つめていた。
「……藁人形、だな」
「ふーん、これらが原因っぽいのう」
 御伽は霜月が見ている木に近づき、そして木に打ち付けられていた藁人形にそっと触れた。
「えッ!?」
「こんなモノがあるから『忌』が湧いてくるのじゃ……大体、人が人を呪って何になるのじゃ? 明白に意味不明じゃの」
 そして御伽は、藁人形諸共、木を木っ端微塵にした。
「えっ、え……こんな事して大丈夫ですか?」
「ああ、大丈夫じゃろ。寧ろ、こんな古い物に縛られておる方が大丈夫ではないわ」
「……まあ、そうだな」


「……あの、二人の目的って一体、何なんですか?」
 先程からずっと躱されてばかりだった少女は、せめて何かを知りたいと思っていた。
 そして三人の間に漂う沈黙。
「……やっぱり、私が知らなくていい事、ですか?」
「……姉ちゃんが、殺されたんです」
 霜月は、ポツリと呟いた。


「あ……」
「姉ちゃんはあの化け物、『忌』に殺されました。……姉ちゃんは俺の唯一の肉親だったんです。だから、姉ちゃんを殺した『忌』を消しに来たんです」
「……それだけではなかろう」
 御伽はつまらなそうに霜月を見る。
「……あの、ある『村』について、知りたいんですけど」
 霜月は御伽の言葉を聞き、顎に手を当て暫く考えるような仕草をした後に口を開いた。
「……?」
 初めての霜月からの質問に少女は戸惑う。




--




「……へえ、霜月君、4月から『自衛隊員訓練機関』に入隊するんだね。……あそこ、倍率凄いんじゃなかったっけ?」
「ええ、けどまあ、その為に沢山勉強したので」
「よくもまあ、『人々の命と平和の為に』とかいう理由でそこまで頑張る事が出来るのう……まあ、それだけでは無いから頑張るのかもしれんがの」
 手を口に覆い被せ、くつくつと御伽は笑う。
 そんな御伽に対して、霜月は只々、睨むだけだった。


「……それだけじゃない?」
 少女は首を傾げながら尋ねた。
 一瞬、霜月が少女を睨んだが少女はそれに気づいていない。
「ああ、此奴こやつには初恋の女子おなごがおっての。今もその女子の事を想い続けているのじゃが、その女子は」
「余計な事言うんじゃねえッ!」
 霜月が御伽に怒号を発する。それは、自分の恋心を他人にバラされた気恥ずかしさなどではなく、純粋な怒りと哀しみが混じったモノのように、少女には思えた。
「……すまぬ」
 御伽はシュンと肩を縮こまらせて、小声で謝罪した。少女が彼女と出会ってから初めて見る気弱な態度だった。


「……あ、山、抜けたね」
「……ええ」
 霜月は少し決まりが悪そうに、ソッポを向いている。
「……うむ、ここまで来れば、大丈夫じゃろう。……あ、そうじゃ、夜間にあの山に入るのは暫くの内は控えておった方がよいぞ?」
 すぅと深呼吸して、調子を取り戻した様子の御伽。


「……え? 暫くの内は?」
「……ああ、昼間の内にあの藁人形を全部取り除いて……できれば、藁人形が打ち付けられていた木も処分すれば、二日後くらいには夜間の化け物は消えます。もう湧いてこなくなりますよ」
「え、そうなの?」
「うむ、その通りじゃ。ついでにこのよどんだ空気も澄んだものになるじゃろうて」
 御伽がコクコクと頷く。


「……あ、『村』の情報、ありがとうございました」
 霜月が少女に対して深々と頭を下げる。
「え、別にそれは……でも、どうしてあんな場所に?」
 霜月が少女に聞いた『村』は、先程の山以上の危険な場所と言われる場所だった。
「それは、貴女が知らなくていい事ですよ」
 霜月がやんわりと微笑んだ。しかし、その微笑みは、どこか悲哀を秘めているように、少女には見えた。


「……ちぇ」
 少女はわざとらしく舌打ちをし、その後、ニッコリと笑った。霜月と御伽の事をもう少し知りたかった少女だが、自分とは関係の無い事だと開き直る事にした。
「……本当に、ありがとう」
 少女は満面の笑みで二人にまたお礼を言う。


「いえ……あ、情報のお礼に、これを」
「おふだ……?」
 少女は霜月からお札を受け取る。
「お礼にお札……紛らわしいのう」
 ツボにハマったのか、御伽はくつくつ、くつくつと笑い続けている。
「うるせえ……あ、もし万が一、あんな感じの化け物に襲われそうになったとき、これを化け物に貼ってください。多分、助かります」
「……ん、あ、そうじゃ。あの化け物が見えなくとも、何かいやーな予感がした時はこれを持って振り回すがよい」
「え……あ、ありがとう」
 正直、少女はあんな化け物に会うのは二度とごめんだったので、素直に喜ぶ事は出来なかった。


「……それではの。……もう二度と会う事はないじゃろうが、一応、また会う日を楽しみにしておくのじゃ」
「……さようなら」
 少女に一礼をした後に、霜月と御伽は『一つになり』、暗闇の中へと消えてしまった。


「……夢、じゃ、ないんだろうな。……うん、夢な訳ないよ。あんなの」
 少女は先程の出来事を思い出しながら、家へと帰り着いた。
 『二度と会う事はない』、そう言われたが、少女は二人との再会を心の何処かで期待していた。








 これはまだ『完全』が『無敵』ではなく『不適』だった頃の物語である。


 『完全不適』の物語は間も無くその幕を閉じる。しかし、それはまた、別のお話。

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