竜と女神と

水無月六佐

カフェにいる青年

「ベンさんこんにちは!」
 店長の顔を見るなり、まるで子供のように無邪気な笑顔を見せるハル。店長と初対面のときは、このオネエのおっさんを警戒しまくっていたらしいが、今の様子からは想像できない。
「はぁーい、こんにちはー! ハルちゃん、また燐斗君を誘って一緒に来たのね?」
「はい! ここのカフェは落ち着くし、学校の知り合いに会う事も殆どないですから!」
「だから遠慮なく燐斗君とデート出来るのよね? でも、自宅デートもたまには良いものよ?」
 学校に居ても殆ど二人っきりで、冗談とはいえ『夫婦』とも呼ばれているので、人の目を気にしてこそこそと隠れる必要もないと思うが……
「でっ……! 違いますよ! 別にそういうんじゃ! ……それに、今、燐斗の家にはとっても美人の親戚と、とっても可愛い居候の女の子が住んでいますし」
 そしてまたこの話である。そんなに睨まなくてもいいじゃないか……
「あら! 意外とグイグイいくタイプだったのかしらぁ!? 燐斗君は!」
 ニコニコと笑いながらこちらを見る店長。このまま誤解されたままなのは後々面倒になるので、きっちりと否定しよう。
「いえ、別にアイツらとはそういう関係じゃないッスから。本当に、偶然と偶然が重なった結果、成行きでそうなっただけッスよ」
 俺は目上の人と話すとき、口調が少し砕けた丁寧語になる。あまり褒められたものではないのだが、なかなか直すことが出来ない。
「……成行き、ねぇ?」
 二人して俺をそんな目で見ないでくれ……
「……別に、アイツらと一緒に住むことになったからって、その前と俺とハルの関係が変わるわけじゃないさ。ほら、今だって、前と同じようにハルと一緒にこのカフェに来てるし」
 本当に、そうだろうか。俺たちの関係は今までと変わらない? 人ならざる者たちの事情に散々首を突っ込んでおいて、俺は変わらずにいられるのか? そもそも、人間とか人外以前に、友人が増えるという事は知らず知らずの内に他の友人との関係が変わっていくということだ。今日のルナの弁当の件でも、もしも、ハルが怒って今後一切弁当を作ってくれなくなる事態になれば、俺たちの関係は変わっていたわけだし。しかし、ここでゴチャゴチャ考えていても埒が明かない。……自信はないが、今はこう言うしかない。
「それは、そうなんだけど……」
 納得しかねるといった顔をしているハル。ここは、冗談の一つでも言ってみるか。
「……それか、あれか? 俺が美少女と一つ屋根の下で暮らしているってことに焼きもちを焼いているのか?」
「……分かってるくせに」
 小声でそう呟き、ぷいと顔を逸らすハル。……たしかにこれは、冗談にはならなかったかもしれない。ハルがそういう性格なのは前から気づいていたし、先程ハルがラブレターの事を思い出したときにそれを更に強く思い知らされた。もし、本当にハルが俺の事を好きならば冗談どころか修羅場になる。
「相変わらず仲が良いわねー。微笑ましいわぁ! ……あ、そういえば二人とも立ちっぱなしじゃない。座って座って!」
 がっはっはと笑う店長。席に座るや否や、すぐに注文をするハル。
「じゃあ私、チョコパフェで! あと、ホットコーヒーを一つ!」
 3年前からここに通っている常連のハルはメニューを全て覚えている。俺もバイトのときにきっちり覚えたのでメニューを見る必要はない。
「俺はキャラメルパフェとホットコーヒーで。あと、持ち帰りでアップルパイのホールを」
 この店では他のメニュー注文時に頼めばお持ち帰り用のアップルパイやケーキを焼いてくれる。ここのアップルパイは一つ一つ、店長の愛情的なものが込められているので、絶品だ。ルナもここのアップルパイを大層気に入っている。
「了解したわぁー! ちょっと待っててちょうだいねー!」
 と、言って……というか叫びながら、店長は厨房へと向かって行った。
 それにしてもやはり、ゴツくてスキンヘッドな店長には、フリッフリのエプロンは似合わないと思う。 

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