竜と女神と

水無月六佐

説明する青年

「あ、あー……そういえば、ハルにはまだ紹介していなかったよな。こいつは、近藤こんどう 竜子りゅうこだ。……竜子、こいつは倉科 陽。俺の幼馴染だ」
 とりあえず、竜子が余計な事を言ってしまう前に俺がなんとかしよう。
「ああ、こういう作品では負けを約束されているという幼馴染であるか」
「余計なことを言うな!」
 それと、こういう作品ってなんだよ。
 あからさまな挑発を受けたハルの表情は俯いているからよく見えないけれど、拳がプルプルと震えているのが分かる。何というバッドコミュニケーションだ……
「へ、へぇー……竜子ちゃんって名前なんだー、よろしくねー。……あ、ちなみに、竜子ちゃんは燐斗とはどういう関係なの? もう一人、女の子と一緒に燐斗の家に住んでいるみたいだけど」
 『ちなみに』で聞いていいような事なのか。ハルの拳の震えが一向に治まらないのがとても怖い。一応、このように聞かれた場合は『幼少期から海外に住んでいて今まで俺と連絡が取れていなかった親戚』みたいな感じで説明するように言ってあるのだが……竜子の顔をチラッと見ると、『まあ、吾輩に任せておけ』的な顔をしていた。……安心していいのか? さっき余計なことを言いやがったせいで全く信用できないんだが。
「家族だ」
「……へ?」
「吾輩と燐斗の関係を聞いているのだろう? 何度でも言おう、家族だ」
 俺は頭を抱えた。その言い方でも間違ってはいないのがとても辛い。一週間前に、身体も精神もボロボロになってしまった彼女に『家族になろう』と言ったのは事実なのだから。……しかし、この場面で言ってしまうとニュアンスが変わってくる。
「にゅ、入籍しているの……?」
 と、こんな感じで。まずい、早くどうにかしなくては。
「いや、そういう意味での家族ではなくてさ……」
「違うのか……!?」
 なんで今まで見たことのないくらいの驚愕の表情をしているんだよ。……え、なに、その意味だと思って俺の家に住む事にしたのか? あの状況でその意味だと判断したのなら、凄いなお前。
「ちょっと待ってろ竜子、お前とは後でじっくり話し合おう」
「うむ、そうしよう。これは由々しき問題であるからな」
 腕を組んで仁王立ちをする竜子。『吾輩はもう何も言わんので後は任せたぞ』という意味が含まれている。『クソァッ!』と叫びたい衝動を抑えながら幼馴染と向き合う。
「じっくりと、話し合う……。一つのベッドの中で、愛を……ハッ! それじゃああの金髪の女の子は!」
「よし、ハル! お前とは今すぐに話し合おうか! 知識は無いから断言は出来ないけど、黒髪の俺と赤髪のコイツから金髪の子供は産まれないと思うぞ! 年齢的にも無理があるし!」
 妄想の世界へと旅立っていきそうになってたぞ……一度思い込むとなかなか修正が効かないのはハルの悪いところでもあり、良いところでもある。ハルのそういうところに何度救われただろうか。……今はとても面倒な事になっているが。
「竜子は、俺の親戚なんだよ。子供の頃からずっと外国に住んでいたから会う機会はなかったけど」
「んー? 親戚ぃー?」
 明らかに怪しまれている。まあ、ハルは親戚関連で色々とトラブルが起きていた俺の境遇をよく知っているので無理もない。現に俺はあの一件以来、親戚とは一度も顔を合わせていない。
「俺と同じような境遇なんだよ。こいつは。ずっと、孤独の中を生きてきたんだ……いや、俺にはハルやおじさん、おばさん、おばあさまに先生もいてくれた。あの刑事さんだって助けてくれたし。それに、友達も居る。……竜子は俺以上の境遇の中たった一人で歩んできたんだ」
 俺よりも長い年月を、何十年何百年と生きてきた。俺なら耐えきれなかっただろう。
「なるほど、そういう事ね。ちょっとだけ、納得した。……あれ? ちょっと待って、じゃあ、もう一人の女の子は? てっきり竜子ちゃんの妹かと思っていたんだけど、違うんでしょ? どうやって同棲することになったの?」
 そんなに俺のプライベートが気になるのか。……まあ、気になるよな、幼馴染が自分に何も言わずに美少女、美幼女と同棲していたら。
 いや、しかし、どうしよう。ルナは外に出ることが殆どない引きこもりなので設定を考えていなかった。親戚っていうのを連発すると怪しまれる、というか、嘘だとすぐにわかるし……よし、正直に話すか。
「えーっと、あの女の子の名前はルナって言うんだけど、ルナはだな、『働きたくない、動きたくない、死にたい』とか言っていたから、保護者から更生を頼まれたんだよ。更生を」
 一応、この発言に一つたりとも嘘はない。
「あんな小さい子がそんな事を言ったの!? まだ6、7歳くらいに見えたけど、いったい何があったの……?」
「まあ、色々な……」
 初源の神であるルナの偉大な実績と、それに対する他の神々や人々の評価や彼女に対しての態度は、あまりにも釣り合わなかった。簡単に言えば『努力の成果を誰にも認めてもらえずに、それどころか責められ続けた』と、いう事なのだが、その簡潔な言葉だけで終わらせるにはあまりにも酷い仕打ちを彼女は受け続けた。……それと、今のルナは可愛らしい幼女の姿をしているが、彼女の真の姿はスタイル抜群の美しい大人の女性だ。『美しい』という言葉でしか褒め称えることが出来ないほどに、彼女は美しかった。自分の境遇に絶望していた彼女の発言は全てネガティブだったが、それでも彼女の美しさが陰ることはなかった。そんな美しいルナが今の可愛いルナになった原因は、彼女の『保護者』にあるのだが、ここで長々と語っても仕方がないので、それは別の機会にでも整理しよう。
「……でも、更生させるのに燐斗の家に住ませる理由は?」
「本人の希望なんだ。あの子は周りの人を嫌っていたみたいで、家に居たくなかったんだろうな。俺に懐いてくれたようだし」
 性的な意味で。
「ふーん、家族でもない男の人と二人っきりで同棲するなんて決断、よく出来たわね……家にいるのがそんなに嫌だったのかな」
「ああ、それはもちろん、その時点ではあの子も少し迷いがあったんだけど……うん、『いやーん、襲われちゃうー』なんて、アホな事をぬかしやがっていたんだけど、竜子とも同棲することになって、それなら安心ってことで、決定したんだ。ルナは竜子にも懐いているし」
 性的な意味で。ヤツはどちらもイケる口である。
「……燐斗、小さい女の子に変な言葉を教えたら駄目よ?」
「いや、俺は何もしてねえよ」
 何もせずともアイツは変な言葉の宝物庫状態だ。
 というか何故、小さい子供をあやすような口調でそんな事を言われなければならないのか。
「それはそれで、心配なんだけど……でも、ようやく二人の事を知ることが出来てよかった。燐斗は一週間ずっとこの話については何も話してくれなかったし」
 恨みがましく俺を見るハル。そんな目で見ないでくれ……ここ一週間は色々な手続きやら作業やらで疲れがピークに達していて、竜子たちの事を話す気力が無くなっていたし、何よりもハルを余計なことに巻き込みたくなかったんだ。
「それは……ごめん」
「大丈夫大丈夫、燐斗にも事情があったんでしょ? なかなか話してくれないから、つい、ムキになっちゃったみたい……こういうところは、直さなくっちゃね」
 ニコッと微笑むハルに心を奪われそうになったが、それを表に出すと現在俺と自身の関係を『愛情で結ばれている家族』と解釈している竜子に心臓を奪われる事になりそうなので、なんとか平常心で耐えきる。確かに、竜子の事は家族だと思っているが、男女の愛で結ばれている家族というわけではない。……今のところはだが。
「……あ、でも、最後に竜子ちゃんに一つ、質問、いいかな?」
「吾輩にか? まあ、いいだろう」
 ちなみに、俺はだいたいその質問の内容が予測できている。
 それは、幼馴染だからなどという心温まる理由などではなく……
「……そのつのみたいなものは何?」
 一目瞭然のものだったからだ。
 寧ろ、よくここまでツッコまなかったなというレベルだ。いつも外出時はフードや帽子で隠すようにしているのだが、今回は急いで俺を追いかけてきたのだから仕方がない。竜子は『あ、忘れてた、どうしよう』とでも言いたげな表情で俺を一瞥した後に、また、普段の真顔に戻り、堂々と答えた。
「ああ、これか。これは、紛れもなく角だ。……できれば触らないでくれると助かる」
 竜族の王であるバハムート、それが竜子であり、彼女のこめかみからは50cm程の立派な角が左右に一本ずつ生えている。彼女が角に触られるのを拒むのは、一週間前に、直属の部下によって右の角を逆方向に捻じ曲げられたトラウマのせいだ。あのとき、ルナがいなければ、彼女の角はずっとそのままだっただろう。
「……コスプレとかじゃなくて?」
 もちろん、簡単に信じられるはずもなく、ハルは疑いの目を竜子に向けていた。
「うむ。寧ろ、この角のせいでコスプレがさまにならないことの方が多いだろうな」
 こいつ、一週間のうちにそういう知識だけ身につけやがって……ちなみに、竜子には、翼と尻尾も生えているのだが、その二つはなんとか体内に収納可能だ。一度、翼と尻尾を出し入れするところを見せてもらったが、体内から出すときが本当にグロテスクなので、耐性がないと見る方も辛い。角も収納不可能ではないらしいが、翼や尻尾と違って、常に尋常ではない(竜子曰く、人間ならこの痛みから逃れられるのなら死を選ぶレベルの)痛みが襲ってくるらしい。
「うーん……今は時間がないから今度もう一度、よく見せてほしいな」
 興味はあるが、遅刻のリスクを負ってまで見るつもりはないらしい。さすがは優等生。
「うむ。見るだけならば、好きな時に好きなだけ見るがいい」
 角に興味を持たれることに関しては嬉しいらしく、上機嫌になっている。
「うん、ルナちゃんとも話してみたいから、今度、家に行くね。……あ、これ以上ゆっくり話していたら遅刻しちゃう。行こう! 燐斗」
 俺の手を掴んで駆け出すハル。
「ちょ! 自分で走れるから!」
 じーっと、俺たちの様子を見つめている竜子の姿を視界に入れながら、俺は引っ張られていった。

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