竜と女神と

水無月六佐

登校する青年

 小学五年生のときに、俺は、両親と当時小学一年生であった妹、燐花りんかを交通事故で亡くした。


 たしか、あの日は土曜日で、俺が友達と遊んでいるときに、三人は車で近くのスーパーへと買い物に行っていたらしい。
 スーパーの駐車場に入ろうと角を曲がった丁度その時に、あり得ない速さで突っ込んできた暴走車にぶつかり、そのすぐ側のガソリンスタンドにまでぶっとばされ、運悪く給油タンクに一直線。……そして、家族が乗った車は炎上したそうだ。当時の全国ニュースで簡単に放送されていた。相手の方も重傷で、病院に運ばれたが、こちらも死亡。どうやら、薬物による幻覚に追われていたようで、車で全力で逃走していたらしい。……なぜ、無関係である俺の家族まで死ななければならなかったのだろうか。
 一人で、一人で死んでくれていたらと、そう思う事は、いけない事だろうか?


 両親の生命保険と遺産、相手方からの多額の賠償金という金銭のことに関しては、担当してくれた刑事が色々と処理してくれたお蔭でスムーズに俺が全額受け取ることができた。


 親戚が俺を養子として引き取るという話もあったが、俺はそれをひたすらに拒んだ。両親が遺した財産を親戚とはいえ他人に触れられる事が許せなかったからだ。それに、自分で言うのもなんだが、小学五年生の俺は全ての家事を問題なくこなせていたので、一人暮らしもできる能力は十分にあった。しかし、それでも俺の親戚はやや強引に話を進め、書類を役所に提出しようとしたわけだが……当時は『どうしてそこまでするの?』と、疑問に思ったが、当然、俺の金目的だ。保険金と遺産だけでもかなりの額だったのだが、それに賠償金まで加わり、正直、俺一人だけなら何もしなくても一生、裕福な暮らしができるくらいの額は優にある。そんなもの、みすみす見逃すわけはないだろう。


 結局、その養子騒動も、俺から助けを求められた例の刑事がどうにかしてくれたわけだが……今思えば、あの刑事は自分がしなくてもいい仕事まで引き受けてくれたのだと思う。あのときは子供だったので、警察を『人々を助けてくれるヒーロー』だと思っていたが、実際は、ある特定条件下でしか動けない縛られた普通の人間だ。騒動が終わった後、俺はヒーローに向かってお礼を言った。そのとき彼女は『困ったときはまたいつでも呼んでね!』と、笑顔で返した。その後に続けて何か言っていたが、忘れてしまった。たしか、かっこいい言葉だったはずだが……あの人は元気にしているだろうか。彼女が福岡に転勤してからは連絡が取れていないので、いつかまた会って、一人の人間にちゃんとお礼を言いたい。


 と、まあ、そんなこともあり、家には俺一人しかいなくなったので、外出時も帰宅時も挨拶をする必要がなく、六年前からずっと、挨拶をしていなかった。


 一週間前までは。


「いってきます」
 六年ものブランクがくと、なんだか変な感じがする。
「ああ、気を付けて行ってくるのだぞ!」
「いってらっしゃーい! ……あ、帰りにあの焼き菓子を買ってきてほしいのですよ!」
 返事が返ってくることに少し戸惑ってしまうが、やはり、嬉しい。
「ああ、分かった分かった。じゃあ、その代わりに洗濯と掃除を頼む」
「はーい! 今日もピッカピカにしますよー!」
「あ、吾輩わがはいも甘いものを食べたいぞ!」
「……竜子りゅうこは邪魔をしない程度にルナの手伝いをしてくれ」
「吾輩とルナで随分反応が違うではないか!」
「頑張ってるのは痛いほど分かるけどさ……っと、このままだとずっと話していそうだからそろそろ行ってくる!」
 『いってらっしゃーい!』と言う二人の声を背中に受けながら、俺は走った。
 あの訳の分からない出来事が終結してから一週間が経つ。本当に色々とあったが、それを回想するのはかなり時間がかかるし、そうまでして振り返ることでもないので、今は振り返らない。ボロボロの竜と自堕落な創星神と話して、その結果同棲することになっただけだし。


「あ、花園はなぞの君、おはよう! 朝から元気だねー」
 と、駆け出して途端に声をかけられる。それにしても、こいつは……
「どうして今更名字で呼ぶんだよ、ハル。幼馴染だろ?」
「……家にすっごい美人さんと金髪の可愛い女の子を連れ込む幼馴染なんて私にはいません! 燐斗りんとのバカ!」
 頬を膨らませて怒っているこいつは倉科くらしな はる。艶やかな黒髪、腰まで届くほどの長髪。ぱっちりとした瞳、触るとプニプニしているが肉が付きすぎていない小顔、ほっそりとした小柄な体型に、程よく膨らんだ胸、その上、性格も面倒見がよく明るいが、少しだけ嫉妬深いという非の打ち所がない美少女で、俺の奇跡の幼馴染だ。家が近所ということもあり、付き合いが多く、昔から倉科一家には本当にお世話になっている。……六年前からは尚更だ。
「連れ込むって……間違いではないから辛いな。でも、大丈夫だ、ハルも二人といい勝負なくらい可愛いからさ」
 倉科家は日本舞踊の名家なので、ハルももちろんそれを習っている、というか既にそれで家を支えているのだが、着物を着たときのこいつはまさに大和撫子という感じで、清楚せいそ綺麗きれいみやびの三拍子が揃っていてなんというか、素晴らしい。永遠に土下座したくなるレベルだ。
「なっ……! な、な、何言ってるの!? ば、バカなの!? お、お世辞を言われても嬉しくないし! あ、あんなに可愛い子と比べられたら……」
「お世辞じゃねーよ。心からそう思ってるし、世間だってお前を評価してる。だから、自分を卑下ひげすんな。お前は可愛い。自信を持て」
 あれ、なんか俺、すっげえ恥ずかしいことを言っていないか? あれ、冷静になるとすっげえ恥ずかしいんだけど! ハルの顔も真っ赤だし!
「べ、別に卑下なんてしてないしっ!」
 顔を真っ赤にし、口をすぼめながら彼女は言う。
「だ、だったらあんな子たちを連れこまないで私を連れ込めばよかったじゃない! 私もあの子たちと同じくらい可愛いんでしょ! いちいちナンパなんてしなくても……!」
 あれ? 俺がナンパ魔みたいになっているじゃないか……って、こんなところで何を言っているんだハルは!
「……っ!」
 ハルが声にならない叫びをあげてガクンと項垂うなだれる。自分の発言の恥ずかしさに気が付いたらしい。
「……」
「……」
 沈黙が気まずい。早く学校に着かないだろうか。
「……ねぇ、燐斗」
 落ち着いたのだろうか。でも、声のトーンが少し低くて怖いです。そして俯いたまま話しかけないでください。髪で顔が隠れて見えないのがすっごく怖いんです。
「な、なにかな」
 ほら、声が少し震えちゃったじゃねぇか!
「あの女の子たちの事を詳しく知りたいんだけど……」
  いいか、俺。平常心だ。
「……まあ、気になるよな、いきなり幼馴染の家にあんなのが住み着いたら。とりあえず、俺から言えることは、ナンパはしていないからな」
「その場合、寧ろどうやって出会ったのか気になるんだけど?」
 ジト目で見つめてくるな。怖い怖い。
「え、えーっとだな……」
 彼女たちの事はあまり話したくはない。話すとボロが出そうで怖いからだ。一人は竜族の王、もう一人は女神で、諸事情により彼女達の物語に首を突っ込むことになったなんて、言えるわけがない。……まあ、言ったとしても、信じないだろうし下手すれば俺が精神科にゴーする羽目になるだろうし。
「燐斗が言えないなら、直接聞きに行くっていう手も……」
 どれだけ二人の事を気にしているんだよ!
 必死になって考えを巡らせる。頑張れ俺。俺ならきっと誤魔化せる! …………いや、俺はそんな大層な人間じゃないな!
「い、いや、それは流石に……」
「燐斗! 弁当忘れてるぞ!」
「……う、うん、ありがとう」
 全力ダッシュしてきた竜子の登場である。タイミングが良いのか悪いのか……とりあえず、礼を言い、弁当を受け取る。
貴女あなたの方からやって来たのね……聞きたいことがあるんだけど」
 ニヤリと笑うハル。まあ、ここ一週間で色々と言いたいことがある気持ちは分かる。
 しかし、俺は一体どうなってしまうのだろうか。死者とか出ないだろうか。いや、本当に。

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