もののけモノノケOH!魔が通るっ!!

水無月六佐

第三記:妖怪怪人ボディソープペロペロ丸

 この施設に来てから四日目となる。
 昨日と今日は特に『魔』が来る事もなくまったりとしていた。
 いや、今日は月曜の大学という苦行に耐えていたため一日中まったりという訳ではなかったが……
「いやぁ、炬燵って落ち着くねぇー。いいねぇー!」
「もうすぐ十二月に入るからなー」
 ポンさんが炬燵に入り蜜柑をパクつきながら甘く蕩けた声を出している。
 この炬燵は今日俺が大学に行っている間にポンさんが部屋へと運び込んできた炬燵である。
 食堂でご飯を食べて特に何もやる事がない夜、俺達四人は炬燵に入り、蜜柑を食べながらテレビを見ていた。
 そう、俺達四人だ。
 俺に、ポンさんに、キツネさん。そして、響槽院さんだ。
 俺的には響槽院さんが今この部屋にいる事がかなり意外なのだが、ポンさんと同棲する事になった後からやたらと部屋に入ってくるようになった。
 何やら危険が無いかの調査だとか経過観察だとか、そんな事を言いながら入ってくるのだが、そんな面倒な事をするくらいならば部屋を離してほしかった。
 まあ、彼女とも話す機会が増えた、友達になれるかもしれない、と思えばそこまで悪いものではないのかもしれない。
「けどさー、『魔』のヒトたち、全然来ないよねーっ?」
 キツネさんの言う通り、思っていたよりは来ない。
 俺が知っている魔はここにいるポンさんと、初日に会ったニンフさんだけだ。
 つまり、二日目から全く変わっていない。
「まあ、まだ始まったばかりですからねー、『逢魔ヶ刻』は。『物の怪鎖国』の事もあって皆さん警戒しているんですよー」
「たしかに、ソレは有り得そうだな……」
 一時期は訪れると殺されるかもしれないような場所であった『妖怪世界の日本』に気軽に行ってみようと思う方が難しいだろう。
「ただ、いつ大勢の魔たちが訪れるかもしれません。その事は忘れないでくださいねー」
「はーい」
 キツネさんが呑気な返事をする。耳が垂れ、尻尾がフワフワと広がっている事から炬燵にかなり癒されているのだと思う。
「……あっ! そうだー、今のうちに言っておこうかなー」
 ムグムグと蜜柑を咀嚼し、ごっくんと飲み込んだポンさんが口を開く。
「ん、どうした? ポンさん」
「あのねー。明後日かその次の日くらいに私の知り合いが来るらしいよー」
 ポンさんの知り合いか……
「何て名前の『魔』なんだ?」
「クンティラナックっていう鳥の姿をしたヤツだよー」
「んー? 何かポンちゃんと名前似てないー? ポンティアナックとクンティラナックでしょー?」
「あー、文献によっては同一視されてるかなー。けどー、別物だからぁー」
 ……同一視されている、という事は、その鳥も吸血する輩なのでは?
 ……なんだか気が重いな。
「なるほど……幸成君、その時はよろしくお願いしますね」
 蜜柑を口に含むすんでのところでいつもと変わらない微笑みを俺に向ける響槽院さん。
 大丈夫、今度こそは倒れずに最後まで仕事をこなしてみせる!
「ええ、任せてください」
「てかさー、どうやってソレを知ったのさー?」
 キツネさんの疑問はごもっともだ。たしかに、どうやって知ったのだろう。
「え? スマホで連絡とってたのー」
「スマホ持ってるんかい……」
 ポンさんがスマホを持っているのも驚きだが、鳥の『魔』も持っているのか……
「なるほどー……」
 響槽院さんはこの言葉を受けて顎に手を当てて何やら考えていた。
 まあ、たしかに、この発言を無視できる訳がないよな……








「ん、んー……」
 目が覚める。時刻は九時過ぎ。
 今日、誰かが訪れるかは分からないが、明日か明後日にはポンさんの知り合いが訪れる。
 ……まあ、まずは風呂掃除して、朝食食べて、大学だ。




「……ん?」
 風呂掃除の途中、磨くためにボディソープを持ったが、どうやら中身が無いようだった。
 そういえばコレ、元から部屋にあったやつで最初から量があまり無かったっけ……
 まあ、それを見据えてボディソープを買っていたので問題はない。
 替えのボディソープを容器に入れ、これで問題解決だ。






 今日は五限まで入れていたため、帰ってきた時刻は十八時過ぎだ……
 通りすがりの沙花鶏さんに聞いてみたが、今日は『物の怪』たちが数回訪れかなり慌ただしかったらしい。まあ、俺が講義を受けている間に『魔』たちが来ていなかったのは安心した。
 しかし、事務仕事をしている響槽院さんは今日も仕事が入っていたのだろう……
 年齢は二十の俺よりも一つ上だが、その年齢差以上にしっかりしている人だと思う。
 と、まあ、自室に戻ってきたのだが、何故かシャワー音が聞こえる。
「サキナルー! ボディソープが無いんだけどー!」
 疑問を感じた瞬間にポンさんの声が浴室から聞こえる。
 俺は脱衣所に続く扉を開く。
「え、何で俺の部屋の風呂に入ってんの?」
 とりあえず率直な疑問をぶつけてみる。
 ポンさんはこの施設にある大浴場に入っている筈なのだが……
「替えのボディソープ持って来てー!」
「え、何でキツネさんまで入ってんの?」
 これは本当にわからない。何でだ。
「サキナルー! 聞こえてるー!?」
 ポンさんの声が更に大きくなる。もしかすると、オレの声が届いていないのだろうか。
 気乗りはしないが浴室の扉まで近づくと、勢いよくその扉が開いた。
「替えのボディーソープはー!?」
 いや、何で開けるんだよ……というかキツネさん、腕の鉄球は入浴時も外せないんだな。
「いやいや、替えのボディソープも何も、今日変えたばっかだぞ?」
 なるべく二人を見ないように、というか、顔だけが見えるようにし、そう伝える。
「「……へ?」」
 二人がキョトンとした顔でお互いの顔を見合わす。
「…………え、でも、この容器の中には何も入ってなかったよー? ねぇーっ?」
 ……何か謎の間があったが、気のせいだろうか。
「うんうん! ほら! 見てよコレー! 勘違いして他の容器に入れたって事はないー?」
 たしかに、容器の中は空っぽだが、たしかにこれは俺が今朝入れた容器だ。
「シャンプーとコンディショナーはまだ余裕があるし、他に容器は置いていないだろ? 多分、その可能性はないと思うぞ?」
「えー……おかしいね?」
 首を傾げながらポンさんは言う。
「えーっと、寒いから閉めていい?」
 困ったような表情でキツネさんは言う。たしかに、今の時期は湯に当たっていないと寒い時期になりつつあるので閉めた方がいいのだが……
「いや、何回でも聞いてやるけどさ、そもそも何で二人が俺の部屋の風呂に入っているんだよ……」
 この疑問は是非とも解決しておきたい。
「うーん、それにしても妙だねー。今日入れたはずのボディソープが無くなってるなんて……これはきっと、妖怪の仕業かな?」
 俺の問いには答えず、妖怪のせいにするポンさん。いや、お前も妖怪だろ。
「新手の自首か?」
「何でワタシ達を疑うのさー! この施設には他にも妖怪いるじゃーん!」
「ぶーぶーっ!」
 見ず知らずの妖怪よりも怪しい妖怪が目の前にいるからだ。ぶーぶー言われても知らないフリだ。
「疑うというか……うん、敢えて言うならさっき謎の間が開いた時の二人の表情がさ」
 そう、何というか、何か隠し事をしているような、そういう顔だ。
「ひどーい! キミはヒトを見た目で判断する人間だったんだねーっ!?」
「モノは言い様だな……いや、そういう訳じゃなくてさー」
 いや、こんな時どうすればいいんだ……
「寒いー……」
 か細い声でポンさんがそんな事を言い出すので、このまま開けている訳にはいかない。
「ああ、うん、わかったわかった……石鹸でも出してくるから……」
 扉を閉め、石鹸を探す……何処に置いたっけ……?
「わーい! よろしくー!」
 良い気なモノだと思いつつ石鹸を探しているが、なかなか見つからない。
 そういえば俺、石鹸を買っていただろうか? まあ、最悪は洗顔用の石鹸でも渡せばいいか。
「はぁ……しっかし、なんでかなー。容器にヒビが入っていた、とか?」
 ついつい、ボヤキが言葉となって飛び出してしまった。
「なるほどー……!」
「あ、その手があったねっ!」
「おい今何か聞こえたぞ!」
 微かに聞こえただけだがその言葉は聞き逃さなかったぞッ!
「「きゃあーっ! えっちーっ!」」
「容器を壊されて余計な出費が嵩むよりはえっち呼ばわりの方がマシだ!」
 いや、もう、本当に。まだ給料は出ていないし、そういえば給料の詳細を全然聞いていないので余計な出費は勘弁してほしい。
「え、容器ー? 何の事かなぁー?」
 お前が容赦なく壊そうとしていたモノだよ!
「いや、お前ら絶対に何か隠してるだろ……」
 コレは間違いなく何かがある。
「えー、ポンちゃんよくわかんなーい」
 片腕で両胸を隠し、もう片方の手を頬の近くに置き、『わかんないポーズ』を取るポンさん。
 ……あ。
「……おい、指先辺りで何か泡立ってるぞ」
「……あ、ホントだー」
 自分の指を見、いつものほんわかとした口調でポンさんは言う。
「……何か言う事は?」
「好きなだけ裸見ていいからー、許してください」
「右に同じです……」
「いや、裸はボディソープの代わりにはならないからな?」
 それに、こんなくだらない事で裸を見る羽目になっても何も嬉しくない。阿呆らしいだけだ。
「でもー、別のソープにはなるんじゃないのー?」
「何か言った?」
 今はそのような冗談は求めていない。
「何でもないですごめんなさい下ネタ言った時にそういう反応を返される時が一番辛いんです」
 今まで一番速く謝罪するポンさん。こういう流暢な喋り方も出来るのか。
「……で、何があったのさ?」
 まあ、何かしらの理由はあったのだろう。
「ボディソープを水と間違えて流しちゃったっぽくてさー」
「……は?」
「そうそう、キツネちゃんと一緒にー、サキナルの部屋のお風呂に入ろうかーってハナシになってー」
「その時点でおかしいって事に気づいてるか? なあ?」
 ソレが無ければボディソープは流されていなかっただろうに。
「それで、お風呂を沸かして入ったんだよっ!」
「ちなみに、サキナルが朝シャワーを浴びた後にお風呂掃除してるのは知ってたからぁー、沸かす前にお風呂掃除はしてないよー! 二度手間にはなってないから安心してねぇー」
「いや、安心ポイントは何処にもなかったぞ……マジでバナナの木は何処か別の部屋に移してもらおう」
 俺の言葉にXマークを腕で示すポンさん。
 いや、本当に。今回の件を理由に別室に移すのは可能なのではないか?
「んで、頭を洗った後にボディソープを使ったんだけどさ、めちゃくちゃ冷たい水が出てきたんだよっ!」
「う、うん……?」
 冷たい、水……?
「そうそうー、冷たすぎてビックリしてさー、『もしかしたら底とかに地味に残ってるボディソープを取るために水を入れたのかなー』とは思ったんだけど、もう少しで十二月になりそうな時期なのにそんな冷たい思いをしないでよくない? って思ってさー」
「それにしては量が多いなーとは思わなかったのか? 容器一杯まで入っていただろ……?」
「あー、ほら、二人で話し合ったらさ、キミ、結構抜けてるところがあるからよく分からないで水を入れ過ぎたんじゃないかなーっていう結論に辿り着いて……」
 なんっだソレ。
「お前らは俺の事を何だと思っているんだ……」
「議事録書けって言われて小説書き始める人」
「英語が壊滅的な人ー」
「……」
 いや、まあ、事実なのだが。今日も英語の授業で散々な目に遭ったし。
「……というか、それがボディソープだって気づかなかったのか?」
 流石に水とボディソープは間違えないだろう。
「出した時はちょっとヌルヌルしてる水って感じでさー……サキナルが言った瞬間にー、気づいたんだよねー」
「床が泡立ち始めて『うわっ、やっちゃったー』って焦ったよー」
「うわホントだ地味に泡立ってる」
 今まで上ばかりを見ていたが、床を見ると地味に泡立っている。
 しかし、ボディソープの泡立ちとしては物足りない気もするが……
「で、サキナルがウブで助かったなーって思ってたらボロが出ちゃったワケ」
「助かったなーじゃねえよ……しかし、変だな。俺が詰め替えた時はそんなに水っぽい液体じゃなかった筈なんだけど」
 たしか、そうだった筈だ。自信はないが。
「え!? そうなの!?」
「私達とは違う妖怪の仕業ーっ!?」
「露骨に喜ぶな……」
 露骨に嬉しそうな表情になってたぞお前ら。
「わかったっ! コレは多分っ!『妖怪怪人ボディソープペロペロ丸』の仕業だよっ!」
 キツネさんが何か言い出したよ……
「いや、絶対いないだろそんな妖怪」
 というか、妖怪なのか怪人なのかハッキリしてくれ。
「ふっふっふー、本当にそうかなー? 『そう思いたいだけ』なんじゃないかなー?」
 うわこのノリに乗ってきた。しかもなかなか面倒くさい感じの流れになっている気がする。
「というか、なんだよ妖怪怪人ボディソープペロペロ丸って」
 正直言いたいだけだったのだが、声に出すと思った以上に語感が楽しい。
「ボディソープが主食だからペロペロ舐めてる妖怪っ!」
 雑。流石に雑が過ぎるっ! というか『怪人』は何処に行ったんだよ!
「そうそうー! それでー、水っぽいボディソープが好物なんだぁー!」
「それでそれでー、集めたボディソープで巣を作ってーっ!」
「気が狂いそうだからこれ以上ソイツの話を掘り下げるのはやめろ」
「そうですよ。おふざけ半分でもそんな話をしてはいけませんよー」
「ッ!? 響槽院さん!?」
 何回経験してもいつの間にか後ろに響槽院さんが立っているのは慣れない。
 というか、いつからいたんだこの人。
「ポンティアナックさん、こうやって幸成君に迷惑をかけるのならバナナの木は別所に移しますよー」
「ごめんなさいぃー……」
 シュン、と肩を縮こまらせるポンさん。というか、普通に見えているから隠してくれ。
「キツネさん……は、もう、これ以上注意する事が面倒になってきたんですけどー」
 はぁ、と小さく溜息を吐く響槽院さん。まあ、キツネさんは俺が来てからという短い期間でも色々とやらかしているからなぁ……
「あっははーっ! ごめんなさーいっ!」
 かんらかんらと笑うキツネさん。反省の態度がまるで見当たらない。
「次に何かがあればわかっていますよねー……?」
 いつもと変わらない口調で彼女はそう言ったが、キツネさんの表情が分かりやすく変わった。
「……う、うん。気をつけるね」
 今度こそ反省した態度を見せるキツネさん。
 うんうん、やっぱり妖怪と言えども響槽院さんは怖いんだな。
「あ、で、でもでもー、ボディソープは私達関係ないからねぇー?」
「いえ、そもそも幸成君の部屋のお風呂に入ったことが問題で怒っているんですよー?」
 うん、全くその通りだ。
「あ、でも、響槽院さん、ボディソープの件は本当によく分からないんですよ」
 そう。俺はたしかにボディソープを詰め替えた筈なのに、中に入っていたのは殆ど水のような液体だったらしい。コレは一体何故だろう?
「ああ、幸成君、先程ごみ箱に捨ててあった積み替え用ボディソープの袋を見ましたが、泡用ボディソープ用でしたよー?」
「……え?」
 泡、用……?
「いいですかー? ボディソープには通常用と泡用と言うモノがあって、それぞれ対応した容器に入れないとまともに使えないんですよー」
 ……知らなかった。
「なるほど、俺は通常用の容器に泡用のボディソープを入れていたって訳ですか」
「ええ、この部屋にあるボディソープは通常用の容器ですからね」
「ん、俺の失敗か。疑ってごめんな、二人とも」
 まあ、勝手に俺の部屋の風呂に入ったのは許さないが。
「もー、まったくー、サキナルはドジだなぁー」
 ケラケラと笑っているポンさん。というか、そろそろ服を着るか浴槽に入った方がいいのではないか?
「次にワタシたちが入る時はちゃんとしといてねー?」
「いや、だから、次はないんだって……」
「……キーツーネーさーん?」
 響槽院さんの声がゆっくりと、しかし鋭くキツネさんへと飛んでいく。コレは恐ろしい。
「まあ、寒いだろうし、今日だけはこの風呂に入っていいから……けど、ボディソープ、明日買わないとな……」
「ああ、幸成君。よければ差し上げましょうか? 詰め替え用のボディソープ、多めに買っているのでー。この部屋のボディソープと全く一緒のモノですから不自由なく使えますよー」 
「……本当ですか? あ、けど、お金は払いますよ」
 流石に無料で、という訳にはいかない。
「いえいえー、ポンティアナックさんとの同棲を即決したのは私ですので、お詫びと思って受け取ってください」
「そうですか? それなら、ありがたく受け取ります」
 まあ、お詫びだというのならば受け取っておこう。








 まあ、そういう訳で、ボディソープを補充した訳だが……
「風呂掃除風呂掃除……ん? 風呂場に誰かいる?」
「……!? 妖怪ッ!?」
 扉を開けると、一瞬だけ『ナニカ』が見えた気がした。
 しかし、その『ナニカ』の特定は出来なかったため、気のせいという可能性もある。




 妖怪怪人ボディソープペロペロ丸。
 もしかすると彼(もしくは彼女)は今日も何処かでボディソープを舐めているのかもしれない。



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