もののけモノノケOH!魔が通るっ!!

水無月六佐

第零記:あすこここ

「へぇ、此処は真っ白じゃないんですね」
 響槽院さんの後を付いて行き、今は廊下を歩いている。
 先程の部屋とは違い、優しく温かい茶色の床に明るい薄茶色の壁という、目に優しい配色となっている。
「ええ、この施設内で真っ白な部屋は先程の転送部屋だけですからー。ずぅっと真っ白だと目が眩んでしまいますしー」
「……転送部屋?」
 先程の部屋の名前は転送部屋というのか……え? 転送されてきたのか俺?
「はい、日本の様々な場所に繋がっているんですよー、あの部屋は」
「それは一体どういう原理で……?」
「えーっと、妖術と科学の合体技術のようなものですねー。現世とアチラの狭間を上手く利用したものでー、あの部屋があんなに真っ白なのも転送に必要な事らしいですよー」
「……?」
 正直、彼女の言っている事が全く分からない。アチラってなんだ?
「んー、わかりにくいですよねー。まあ、その辺りの話はこの施設で働く事に慣れた時にでもまた聞いていただいたら説明いたしますよー」
「そうですか……あ、そういえば、此処って色々な場所に繋がっているようですけど、肝心のこの施設は何処に建っているんですか?」
 窓の外の景色も一応見えているのだが、其処にあるのは緑ばかりで建物が見当たらない。
「辺境の地のような場所に建っていますよー」
「辺境の地」
 いや、何処なんだよ此処は。
「何県でもないですし事実ですからー……まあ、位置的には九州の南辺りにある孤島ですよー」
「孤島」
 やはりとんでもない場所に来たんだな、俺……
「ああ、通学の際にも転送装置は使用可能ですから、その辺りはご心配なくー」
 学業との両立とは言っていたが、まさか通学に転送装置を使う事になるとは……
 いや、当たり前のように言っているがそもそも転送装置の実感が殆ど無いのだが……
「……はい、此処が貴方のお部屋ですよー」
 転送装置の話をしている間に今日から俺が寝泊まりする部屋へと着いたようだ。
「……かなり広くないですか?」
 響槽院さんが扉を開き、その後ろから覗き込むように中を見る。
 正直言って、此処から見るだけでも今日まで住んでいた部屋と比べ物にならない程に大きい。
「ええ、そうでしょう。設備を紹介しますから中へ入ってくださいねー」
 そう言いつつ部屋の中へと入っていく響槽院さん。
 初めての部屋に少々の緊張感を抱きながらも、俺も中へと入る。
「やっぱり広い……」
 一人と言わず二人か三人でも十分生活できそうな広さだ……まあ、ベッドは一つしか無いのだが。
「部屋に置いてあるベッド、テレビ、冷蔵庫等は自由に使ってください。それ以外の嗜好品等が御入用でしたらご自分で揃えてくださいねー……ああ、それと、この部屋に調理器具等はありませんが食堂がありますのでソチラを利用してくださいね」
 正直、これだけあれば個人的には十分だ。まあ、飲み物は欠かさないように気をつけておこう。
「ええ、わかりました。ちなみに、食堂は何時まで開いているんですか? それと、値段はどれくらいですか?」
「食堂は二十三時まで開いていて、五百円で定食が食べられますよー。なかなかお得で美味しいのでお勧めですー」
「ああ、それなら今日は定食を食べてみますね」
 かなり遅くまで開いているんだな。それ程仕事が終わるのが遅いという事だろうか……いや、そもそも誰が働いているんだ?
「ええー、そうしてくださーい。えーっと、次は……」
 響槽院さんが横一列に並んだ扉の二つある内一つを開ける。どうやらトイレのようだ。
「ああ、そうでした……此処が御手洗いで、その隣が洗面所とお風呂ですよー」
 隣の部屋を開けてみると、そこにはたしかに洗面所があり、脱衣所と洗濯機もあった。
 風呂場へと繋がると思しき扉もある。
「ええ、わかりました」
「それでは、この部屋の鍵を渡して、部屋案内は終了とさせていただきますねー」
 変わらない笑みを浮かべている響槽院さんから鍵を受け取る……あれ?
「これは沙花鶏さんがエレベータで使っていたのと同じ種類のモノ……ですか?
「ええ、そうです。これはこの部屋の鍵であるとともに、転送装置の使用にも必要になるものですよー」
「なるほど、無くさないように気をつけますね」
「ええ、くれぐれもお気をつけてくださいねー」
 何だろう……響槽院さんの表情は相変わらずなのだが、一瞬『圧』のようなモノを感じた。
 よし、本当に気をつけよう。
「……では次に、業務の紹介をいたしますね。貴方のパートナーとなる方が仕事部屋にて待機していますので、参りましょう」
「パートナー……?」
 というか、業務紹介も今日するのか。
「ええ、貴方と仕事を共にする人ですよー」
「なるほど、待たせては悪いですから、行きましょうか……」






 仕事部屋に向かって移動中だが、白衣を着た人物と何度かすれ違った。
「ここで働いている人って白衣を着る決まりなんですかね……?」
「ええ、貴方の分も明日には何着か用意しておきますので、それを着て行動していただけると幸いです」
「ええ、わかりました……ん?」
 扉の中から男女の楽し気な話し声が聞こえる。
「あら、扉が少しだけ空いていますねー……ああ、でも、丁度良いですね」
 そう言うと彼女は扉を軽く押して開ける。
 中には花嫁のように純白の服を着た緑髪の女性と、細身でどこか気弱そうな白衣を着た男性がいた。
「……響槽院さん!? どうしたんですか!?」
 突然の響槽院さん登場に言葉を失っていた男性だったが、焦るように口を開く。
「どうしたも何も、扉が完全に閉まっていなかったので声が漏れていましてー。それをお伝えしようかと」
「……!」
 緑髪の女性の頬が見る見る内に赤くなる。この距離でも赤く見えるとは相当だ。
「ああぁっ! ニンフさん! すみませんっ! 僕が扉をキッチリ閉め忘れていたからっ!」
「い、いえ、気にしないでください……! すっごく恥ずかしいですけど……!」
「さて、では、行きましょうか。幸成君」
「え? はい」
 というか、彼女は何を思って『丁度いい』と先程言ったのだろうか?
「今回はわたくしが閉めておきますけれど、お気をつけてくださいねー」
「はっ、はい! すみませんでした! 響槽院さんっ!」
 男性の言葉を背中に受けながら部屋を出る。
 結局俺は何を見せられたんだ?
「アレが貴方もするお仕事ですよー」
 扉を閉めた後、響槽院さんがそう言った。
 ……アレが仕事だって?
「仕事って、二人はただ話していたように見えましたけど……?」
「ええ、それが仕事なんですよ」
 ……どういう事だ?
「あの女性の方は人間ではないと、気づきませんでしたか?」
「……え?」
 あの緑髪の女性が、人間ではない……?
「あの人はですね、ニンフという精霊だそうですよ。神話にも語られるような存在で、話によっては神様だとも言われているようですがー」
「え……」
 話の規模が急に広がりすぎてよく分からない。
「私と初めて会った時は無口な方だったのですが、あの男性と会話する事で随分と打ち解ける事が出来たんですよー」
「……えーっと、つまり、俺の仕事って言うのは、人間じゃないヒトと話して打ち解けるという、そういう事なんですか?」
「そうですねー。ただ、それだけでなく、悩みを抱いてこの施設を訪れた方に対してはその悩みに対して真摯に向き合い、そして、一番重要な点として、その方の情報を多く入手する事が必要なんです」
「なるほど……」
 少しだけ、分かってきたかもしれない。
「まあ、続きは部屋の中で話しましょう。パートナーの方が待っていますよ。どうぞ、開けてください」
 いつの間にか俺の前を歩いていた響槽院さんが立ち止まる。
 ここが俺の仕事部屋という事か。
「……」
 ゆっくりと扉を開ける。
「あっ! キミがワタシのパートナー!? わーいっ! 相棒だーっ!」
 エロい格好の金髪美女が子供のようにはしゃいでいたので無意識に扉を閉めてしまった。
 我ながらかなりの速さで閉めたものだと思う。
「……すみません、部屋を間違えていませんか?」
「いえ、あの方が貴方のパートナーですよー」
 俺がこんなにも焦っているというのに響槽院さんはやんわりと微笑みを浮かべている。
 ……マジかよ。
 気を取り直して、というか、覚悟を決めてもう一度扉を開ける。
 すると、長身の金髪美女が目の前に立っていた。
「もうっ、何してんのー! 早くおいでよー!」
 すごい、胸が喋ってる。ただ単に俺が見ているだけなのだが、身長差的に顔よりもこちらの方が見やすいのも原因の一つだ。
 何て考えているとぐいぐいと手を引っ張られ、部屋の中へと連れ込まれる。
 今日だけで三回も手を引っ張られているではないか……
 引っ張られるのが終わったかと思うと椅子に座るように肩を下へと押される。
「分かりました。座りますから……!」
 俺が椅子に座ると、その隣の椅子に女性が座る。
「えっへっへー! これからよろしくねー! ワタシは二尾の狐っ! 気軽に気楽な口調で『キツネさん』って呼んでねーっ!」
 なるほど、たしかに狐耳が頭上に生えている。彼女は狐の妖怪なのか……化ける事も出来るのだろうか?
「ああ、はい、よろしくお願いします。キツネさん」
「……むーっ!」
 ……明らかに不満そうだ。えーっと……
「あー、えーっと……よろしく。キツネさん。俺は直竪 幸成。好きなように呼んでくれ」
「そうそうっ! パートナーなんだから、余所余所しくちゃ駄目だよねっ! 幸成かー! うんっ! 覚えたよっ!」
 ……距離感が近過ぎるッ!
「どうやら相性は良さげですねー。安心しましたー」
 俺達の様子を微笑ましそうに眺めている響槽院さん。何だか無性に腹立つ。
「いや、響槽院さん……キツネさんの恰好、どうにかならないんですか? それに、白衣はどうしたんですか!?」
 キツネさんの服装はとにかく危ない服装である。
 ただでさえ布地が少ないというのに妖しく黒光りしているこの服装は何と言うのだろう……?
「ああ、彼女は妖怪……物の怪ですからね」
 白衣を着るのは人限定という事か?
「それにさー、ワタシ、一週間くらい前に色々あって暴れちゃったんだよねー。それでこのボンデージっていう特殊な拘束着を着てるってワケ! この鉄球もそうだねっ!」 
「ええ、そういう訳で、彼女を貴方のパートナーにしたのは、更生のためでもあるんですよー。貴方とちゃんと仕事をこなす事が出来れば制限も軽くする、といった感じでー」
 俺の負担が大きく過ぎやしないだろうか? 唐突に暴れられたらどうするんだ……?
「はぁ……まあ、そういう目的なら仕方がないですね」
 決して邪な考えでその服装を着ているのでなければ俺が彼女をそういう目で見るのは失礼だろう……
 ……いやいや! 拘束着にも色々な種類があっただろ! 誰だ? この服を着せたのは……?
「まあ、沙花鶏さんの趣味が主なんですけどねー」
 やっぱり彼女か。何だあの人。
「……業務内容の詳しい説明をお願い出来ますか? 妖怪たちと話をすればいいという内容みたいですけれど」
「ええ、基本的に内容はそれで合っています。付け加えると、たまに外まで赴く必要もある、という事くらいですか……あとは、何故それを行うのか、という説明をさせていただきますね」
 なるほど、たしかに、それさえ分かれば腑に落ちるかもしれない。
「んー、それじゃあワタシは寝てていいかなー?」
「いや、ちゃんと起きてろよ」
「ええ、実際の仕事中に寝られては困るのでその練習として起きていてくださいね」
「はーい……」
 しょんぼりとした様子で肩を落とすキツネさん。いや、今のは彼女が悪いのだが。
「えっとですね、まず、妖怪についての基礎知識なのですが、幸成君、何故この組織の名前が『日ノ本妖怪保護組織・非伝院』という名前なのか、わかりますか?」
 ニコニコと微笑みながら彼女が聞いてくるのだが、正直に言うと、見当もつかない。
「日ノ本妖怪……うーん、日本の妖怪だけを保護する、という事ですかね?」
 しかし、これでは明らかに日本人ではない先程の精霊の説明がつかないか……
「目の付け所は正しいですよー。それに、以前はその通りでしたからねー」
「以前は……?」
「それも順を追って説明しますねー。まず、先程の『日ノ本妖怪』というのは古来の呼称なんですよー。元々、この『非伝院』は七百年代辺りに作られた組織なんです」
 そんな昔からある組織なのか……という事は、昔の妖退治のような話もあながち間違いではないのかもしれない。
「丁度同じ頃、身寄りの無い孤児や緊急の病人を収容した救護施設『悲田院』も設けられました。これは、七百二十三年に奈良の興福寺にて施薬院と共に設けられたのが初見とされています」
「ヒデンイン……同じ読みですね」
「ええ、この施設に置いてある文献では、この救護施設『悲田院』で育った孤児たちが妖怪を保護する『非伝院』を設立されたと記載されておりましたが、それはまあ、置いておくとしてー」
「寝そう……」
「キツネさん、頑張って起きてて……」
 寝そう、というか船を編むか編まないかの瀬戸際と言った感じである。響槽院さんが怒りそうなので何があっても起きていてほしい……
「その当時は『非伝院』という名前だったんですよ。この施設の名前はー」
「……時代の移り変わりによって、又は何か大きな事件が起こったから『日ノ本妖怪保護組織』と追加された、という事ですか?」
「ええ、後者が正しいですね……唐突かもしれませんが、この世界とは別に、『妖怪の世界』が存在するんですよ。別、と言うよりは『裏』と言った方が正しいのやもしれませんがー」
 そういえば転送装置の話をする時に『アチラ』と言っていたが、この『妖怪の世界』の事を指していたのだろうか?
「『非伝院』時代にその妖怪の世界で何かがあったという訳ですか?」
「ええ、まさしく、『何かがあった』という訳です。その当時の非伝院の方々はとある事実に気づいたんです。それは、『妖怪の世界では、日本とそれ以外の国々で大陸が分かれている』という事実です」
「何でそんな大変な地形になっているんですか……」
 日本とそれ以外の国々って……孤立しすぎだろ、日本。
「すみません、私は知らないですー。ですが、当時の非伝院の方々はこの事実に危機感を覚えた訳です。『もしも日本以外の妖怪たち全てが妖怪世界の日本へ、そして現世の日本へと向かってきたらどうしよう』と」
「それはまあ、たしかに……」
 妖怪世界から現世へと移動可能ならばそれはもちろん危険だろう。
「まあ、当時の人々が考える『日本以外の世界』が如何様の広さだったのかは存じ上げませんがー、この危機に対処するため、彼らは日本の妖怪に協力を仰ぐ事にしたんですよー」
「なるほど……」
 妖怪には妖怪を、という訳か。
「そこで、非伝院は『日ノ本妖怪保護組織・非伝院』として活動を開始したわけです……これがいつの話なのかはハッキリしていませんがー」
「……それで、日本の妖怪の協力は得られたんですか?」
「ええ、後に分かった事ですが、幸いにも日本には数多くの妖怪がいましたからー、上手くいったようですよー。そして、協力を仰がれた妖怪たちによって、『妖怪の世界の日本部分』に結界が張り巡らされましたー」
「なるほど……ん? それじゃあ、先程のニンフさんは……」
「そうです。今ではこの日本にも海外の妖怪はいます。そして私たちはこの海外の妖怪を『魔』と呼称しているんですよー」
 海外の妖怪、現在では『魔』と呼ばれているヒトがこの施設にいる、という事は……
「結界が破られた、という事ですか?」
「いえ、それは違いますよー。結界は自然消滅したんです」
「……自然消滅?」
「ええ、本当に、自然に無くなったらしいです。術が解けた、と言う方が正確ですかねー」
「なるほど、それで、海外の妖怪、『魔』たちが訪れるようになった、と……」
「いえ、結界の消失を理由に日本へと訪れた魔たちは少数だったようです。おそらく、結界が消失しても『妖怪世界の日本へと行けない』という意識があったのではないでしょうか?」
「けれど、少数の魔たちは訪れたんですよね……?」
 だとしたら、どういう事だ……?
「ええ、しかしそれを、日ノ本妖怪……彼ら曰く『物の怪』たちが追い払う、もしくは『殺した』んですよー」
 妖怪とは、死ぬものなのか……
「ああ、ようやく納得できました……」
「そして、『物の怪』たちは『物の怪鎖国』を行ったんですよー」
 物の怪鎖国……人間が行った『鎖国』を元としたのか、もしくは、その逆なのか……
「えっと、その『物の怪鎖国』って、この組織は関わっていたんですか?」
「そうですね。初めは『我関せず』という態度を取っていたようですが、物の怪達に協力を仰がれてしぶしぶその制度を支持したようですよー」
「その当時の『非伝院』は『魔』を受け入れる気でいたけれど、昔、人間が物の怪達にしたように物の怪達から協力を仰がれた……という事ですか?」
「ええ、『非伝院』もただボーッとしている訳ではありませんでした。技術の進歩で言うと国の最先端以上の道を歩んでいたんです。だから、『魔』たちの対処も理論上可能になっていたんですよー……魔の数が物の怪の数よりも少ない、という事も判明していましたから―」
「それでも『物の怪』達が鎖国したいというから鎖国した、と……ちなみにその理由は?」
 俺はいつの間にか寝ているキツネさんに気づき、その肩を軽く揺らしながら尋ねてみる。とりあえず話している内に起きてくれ。
「それもまた『そういうもの』だったから、らしいですよー。『魔は日本へとやって来ない、やって来てはいけない』という意識があったからなんですってー」
「それだけで、そんな行動を取るんですか……?」
「習慣というものはそういうものです。形骸化したところで影響が即時に止まる訳ではないんですよー。ソレを変えるには、ただひたすらに、時間が必要なんですー」
 なるほど、この話は一理あるように思える。
 というかこの人、胸関連の話をしなければ沙花鶏さん程ヤバい人ではないんだな。
「それで、時間が経った今、その意識も薄れて『物の怪鎖国』は終わった、という事ですか」
「ええ、その通りです。海外組織とのやり取りを沢山重ねましたけどね……そして今、『魔』たちが日本にやって来る状況を『逢魔ヶ刻』と呼んでいるんです」
「なるほど、今までは物の怪のみ相手していたのが『魔』とも交流しなければならなくなったから人員を増やした、という事ですね」
 まあ、最近人員が減ったようだし、かなり必死だったのだろう。あんな感じでも。
「そういう事です。そして、日本へと渡る『魔』たちは此処へと来て職員と話すように海外の組織との協議の上決めたんです……まあ、海外の組織が目を付けていない『魔』たちに関してはコチラから見つけて連れて来る必要もあるんですけどね」
「……それは、大丈夫なんですか? 海外の組織と関わらない『魔』って、それこそ危ないんじゃ」
「だからこそ、確認できる分の『魔』たちの確認は重要なんですよ。それに、いざという時には彼らにも協力を仰げるようになるでしょう」
 なるほど……
「そう考えると、話すというのも大切な事なんですね……」
「ええ、そうですね……ところで」
 そう、キツネさんが全然起きない。
 キツネさん! 響槽院さんがめっちゃ見てるから! 微笑んでいるけど多分内心は腸が煮えくり返っているヤツだからッ! キツネさんッ!
「キツネさーん!」
「ふぁぁぁぁいっ! 起きてるよぉっ! アレでしょっ!? キョーカちゃんの豊胸相談でしょっ!?」
 俺が呼びかけると彼女は跳び起きた、が、その言葉はいらなかった。いっそ目覚めないでほしかった。
 案の定、響槽院さんが凄い速度で暴力的手段に出る。
 沙花鶏さんにくらわせた手刀とは違い、その拳は固く握られていた。
 ……いや、女性が女性に対してするような事じゃないだろコレ。
「あっ、ごめんっ! 気にしてたんだっけっ!?」
 しかし、キツネさんは何でもないように響槽院さんの拳を音もなく受け止める。
「何で男の人の前でそんな事を言うんですか貴女も沙花鶏さんもッ!! 幸成君の前でッ!」
 ……男性の前で言われるのが恥ずかしかったのか!?
 いや、まあ、当然と言えば当然なのだが、そして失礼かもしれないが何だか意外だ。
 というかキツネさん、あんなに速い拳を難なく受け止める事が出来るのか……
 いや、そもそも人間なのにあんなパンチを放つことが出来る響槽院さんがヤバいのだろうか……?
「……えっと、キツネさんの動きでわかったかもしれませんが、『妖怪』は生身の人間では永遠に至れない強大な力を持っています。決して油断しないように、お気をつけてください」
「……はい」
 正直に言うと、顔をほんのりと赤らめている今の響槽院さんは最高に可愛いと思う。
 まあ、普段は決して見せない表情なのかもしれないが。
「ごめんねーキョーカちゃんっ! 許してーっ!」
 そう言いながら響槽院さんに抱き着こうとするキツネさん。
 何というか……めんどくさそうだ。
「あの、響槽院さん」
「何でしょうかー?」
 キツネさんのめんどくさい攻撃を躱しながら、ニッコリと俺を見る彼女に、ちゃんとお礼を言おうと思う。
「案内と説明、ありがとうございました。とてもわかりやすくて、話していて楽しかったです」
「……」
 ニコニコと微笑んだまま何も言ってこない……あれ?
 と、思ったら今度は俯いた……あれれ?
「ええ、幸成君も、今日はお疲れさまでした。早く部屋に戻って休んでくださいねー」
 バッと顔を上げ、今日一番の満面の笑みで彼女は言った。
 ……怖いっ!
 何というか、顔が全然赤らんでいないため、いつもの笑顔の強化版と言った感じで恐怖感の方が大きい。
 それに、『早く部屋に戻って』と言っていたし、向こうはそんなに楽しくなかったのだろうか……
 まあ、早く休みたいのは違いないので、お言葉に甘えて帰る事にしよう。
「ええ、そうします。お疲れさまでした」






 少し早めの夕食を取り、自室へと戻ってきた。
 まだ実感は湧かないが、此処は俺の部屋なんだ。思いっきり寛がせてもらおう。
 ……それにしても、驚いたな。
 まさか食堂に行ったら沙花鶏さんが料理を作っているだなんて予想だにしていなかった。
 他にも料理を作っている人がいた、というか、彼らが本業で彼女はただの暇つぶしらしいのだが……
 というか、偉い人が何をやっているんだ。
「んー、テレビでも見ようかなー」
「シャワー浴びなくていいのー?」
「!?」
 膝の上から、声がした。
 いつの間にか、本当にいつの間にか、真っ黒な幼女が俺の膝の上に座っていた。
 真っ黒というのは、比喩でもなんでもなく、墨で塗りたくったような正真正銘の真っ黒の人型……長い髪らしきモノが見えるためソレが女性らしいと気づき、体格的に子供っぽいと気づく事が出来たのだ。
「い、いつの間に……?」
「さあ、わかんなーい! というか、お兄ちゃん、お兄ちゃんは別に喋らなくてもいいんだよー?」
 喋らなくていい? 何を言っているんだ?
「んー? 喋らなくていいっていうのは、喋らなくていいってことなんだよっ!」
 ……今日の出来事を踏まえると、おそらく彼女は人間ではなく妖怪なのだろう。しかし、彼女は『魔』か『物の怪』か、どちらなんだろう?
「ん、ココちゃんは物の怪だよーっ!」
 ……この子、本当に喋らなくても意思疎通が出来ているのか。
 ……心を読むことが出来る物の怪、だったりするのだろうか?
 というか、ココちゃん?
「違うよーっ! ココちゃんは心を読む物の怪じゃないよーっ! そういうのは『サトリ』っていう物の怪の得意技なのっ! ココちゃんは『あすこここ』っていう物の怪なのーっ!」
 あすこここ……? ソレは一体どんな物の怪なんだ?
「ココちゃんはねー、『何処にでもいて、何処にもいない物の怪』なんだーっ!」
 ……何だソレ。というか、こうやって会話できているのはどうやって説明するんだ?
「それはねーっ! ココちゃんがお兄ちゃんにしか見えないからだよーっ!」
 ……は? どういう事だ?
「あとねー! 良い事教えてあげる! あの二尾の狐は化け狐とは違うんだよーっ! だって、化けられないからーっ! 尻尾が一本から二本に増えて身体能力が上がった狐なんだーっ!」
 いや、何で狐さんの事を……!?
「それじゃ、またたまーにお兄ちゃんに会いに行くねっ!」
「ちょっと待て、どういう事なんだよっ!」
 勢い余って声を出し、ココちゃんとやらの手を掴んでしまった。
「それじゃーねーっ!」
 しかし、彼女は、霧のように散り散りになり、声だけを残し、消えていった。
「な、何だったんだ、今の……」
 ……とりあえず、シャワーでも浴びるか。
 あの幼女の言う通りになるのは少々癪だが、まあ、仕方ないか。

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