もののけモノノケOH!魔が通るっ!!

水無月六佐

第一記:二尾の狐

 妖怪と聞いて、世間一般の人々は何を想像するだろうか。
 幽霊? 河童? 一本足で歩行する傘? やたらと上半身だけ描かれる骸骨?
 人々はこれらを実際に見た事があるのだろうか?
 おそらく『古くからの伝承』や、アニメや漫画などの作品から蓄えられた知識によって生み出されたイメージであって、実際に見た事によって生み出されたイメージではないはずだ。
 では、妖怪と聞いて世間一般の人々はどのような感情を抱くだろうか。
 信じられない? 胡散臭い? 怖い? くだらない?
 それはそうだ。見た事がないのだから。
 彼らにとって妖怪とは『空想上の存在』なのだから。
 未知のモノに対して不信感や胡散臭さ、恐怖やくだらなさを抱くのは不思議な事ではないだろう。


 ところで、俺が妖怪と聞いて思い浮かべるモノ、それはキツネである。
 中には先程の問いに『化け狐』を思い浮かべる人々もいるのかもしれないが、まあ、このまま続けよう。
 俺が妖怪と聞いて抱く感情、それは『面倒くさい』である。
 妖怪……『物の怪』たちも『魔』たちも、かなり面倒くさいモノだと思う。
 これは実際に彼等を見、彼等と話し、彼等の相談に乗る立場にある俺が抱く感情である。


「なっにしてんのー?」
「おわっ!?」
「……え、ナニコレ? 小説の冒頭かな?」
 俺が驚いた拍子にノートを奪い取り、その内容に素早く目を通した女が首を傾げながらポツリと呟く。
 音も出さずに覗かれたので驚いて情けない声を上げてしまったが、気を取り直して冷静に振舞おう。
「変か?」
 彼女の真似をするように首を傾げ、尋ねる。
「え、だってコレ、議事録じゃん?」
 女はノートを閉じ、細長く美しい指で示す。そこには『逢魔ヶ刻議事録』と書かれている。
 あれ? おかしいな。分かっていた筈なのに……
「おかしい……俺はたしかに議事録を書いてた筈なのに」
「いや、これって最早小説の冒頭だよ? そもそもまだ会議始まってないし……ってか、誰宛に書いてるのコレって話だよ?」
「誰宛にってそりゃあ、この『組織』の偉い人宛だろ?」
「そう、『物の怪を管理する組織』の偉い人宛でしょ?」
 ……あ。
「言われてみれば、わざわざこんな事を書く必要はないな。見た事あるに決まっているんだし」
「そうそう。それにほら、キミってまだここに来て二日目じゃん。つまり、物の怪の事を知って二日目でしょ? そんなヒヨッコがこんな事を書いたのを偉い人が見てごらんよ」
「間違いなくブチ切れられそうだ……」
「うんうん、『物の怪たちの存在を知って一日二日の小僧が何を言っておるのじゃー! マロは激おこぷんぷん納言じゃぞッ!』とか言いながら切れると思うよっ!」
「え、ここの偉い人ってそんな口調なのか?」
「それにだよっ!」
 疑問交じりの俺の声を掻き消すように彼女は続ける。
「こんな風に書かれたらさぁっ! ワタシが面倒くさいみたいじゃんっ!」
 再びノートを開き、文を指差しながら女は訴える。
 ピンと立った狐耳、照明を反射する輝く金色の髪、少しだけツリ上がった碧眼、僅かに見える鋭く尖った犬歯、威嚇するように大きく膨らんだフサフサとした二つの尾。
 こう見ると、何というか、威圧感ってヤツを感じるな……
「そんなつもりは無かったんだけど……それはごめんな、。けれどほら、俺と貴女はパートナーになったんだ。そりゃあ、妖怪と聞いたら貴女を思い浮かべるに決まっているさ。面倒くさいって書いたのは、ほら、昨日会った他の妖怪たちの事もあってさ……」
 キツネさんはキツネさんで俺の部屋まで入ってきたりずっと纏わりついてきたりと面倒くさかったが今それを言っては間違いなく彼女の機嫌を損ねる事になるだろうし、思い出すのも少し長くなりそうだからやめておこう。


 そう、目の前にいる彼女は人間ではなく、妖怪。細かく言えば、二尾の狐という物の怪である。
 ちなみに、妖怪と物の怪をわざわざ使い分けているのには理由がある。
 現在俺が所属しているこの『組織』では日本で活動している妖怪を『物の怪』と呼称し、それ以外の妖怪を『魔』と呼称するようになっているからである。
「んー、そっか……うん! パートナーだもんねっ! それなら名前を挙げたのも仕方ないっ! 許してあげるねっ!」
「ん、助かるよ、キツネさん……ところで、さっきからノートを持ち上げてるけど、重いんじゃないか?」
 ノート一冊ごときの重量を『重い』と言う人間は滅多にいないだろう。況してや、彼女は物の怪であるのだ。本来ならば心配する事が失礼に値するはずだ。
 そう、本来ならば、だ。
 だが、彼女の両手首辺りには人の頭程度の大きさの鉄球が装着されているのだ。
 何やら彼女は力が有り余るタイプの物の怪らしいので施された処置であるそうだが、あまりにも日常生活が不便そうに感じるため気になってしまう。
「んーん、基本は妖術で重さをサポートしてるから平気っ! そりゃあ疲れない訳じゃないけどさ、嫌になるってほどじゃないしーっ!」
 んーっ、と伸びをして見せるキツネさん。大きな動作になると流石に胸の辺りが気になってしまう。
 決してソレは俺がやましい気持ちを抱いているから、という訳ではなく、彼女の服装に理由がある。
 彼女の服装は布地の少ないボンデージであり、胸部も半分以上は見えるようになっており、色々と元気な男子大学生である俺としては目の毒なのだ。
 普通に話す分には彼女の明るい性格と少しだけ抜けたところ、そして刺激的過ぎる事が作用して百八十度程回って特に何も感じるモノは無いのだが、このような時はボンデージの艶やかな光がやけに色っぽく感じられて、更に百八十度回って普通にエロい。
 勢い余って『エロい』などという言葉を使ってしまったが、ボンデージ、手首に鉄球、胴体部分の露出度は高いくせに腕や足はしっかりと隠されているところなど、一部の人の趣味にどストレートに刺さりそうなこのキツネさんと二人でいるのに冷静に振舞う事が出来ているのだから決して責められる謂れはないと思う。
「……それならよかったよ。さあ、そろそろ会議も始まるし、ノートを返してくれないか?」
「はーいっ! ……ん?」
「その前に、該当ページの処分が先ですよー」
 キツネさんの後ろから女性のような人影が近づき、ノートを奪う。
 そして無慈悲にも俺が書いたページを綺麗に切り取り、白衣の下の胸ポケットにそれをしまう。
「……この組織にいるヒトってみんな気配を消して動けるんですかね?」
 誰も彼もが当たり前のようにするものだから感覚が麻痺しそうになるが、物の怪ならばまだしも人間が当然のように気配を完全に殺せる訳がない。というか、真正面にいたのに彼女がキツネさんの後ろに近づいたのすら気づかなかったぞ。……決してどこか一点を集中して見ていた訳ではなく。
「この組織に所属していれば貴方も次第に出来ますよー」
 んなもん出来てたまるか。何だこの組織。便利そうだけど。
「えっと、響槽院きょうそういん 鏡花きょうかさんでしたっけ? 俺たちはここで待機していればいいんでしたよね?」
 この響槽院という人は俺たちがいるこの組織の施設の内部で働いているスタッフらしく、妖怪の管理や、施設の案内などをしているらしい。
 顔は美人というよりも可愛いと表現する方が適していて、着物と長い黒髪はよく似合っているのだが、何処からともなく恐ろしさを感じさせてくる、そんな人である。間違っても胸の話を彼女にしないようにする、というのは彼女と初対面の昨日誓った事である。
「……ええ、私が『魔』の方をお連れするまで待機、先程そう言いましたからー」
「ん? じゃあもう来てるのー?」
 顔だけ後方に倒し、響槽院さんに尋ねるキツネさん。何というか、緊張感のない声だ。
「ええ、ですがその前に……」
 キツネさんの顔を見、頷いた後に俺を見る響槽院さん。その笑顔が絶妙に怖い。
「な、何でしょうか……?」
 自然と声が震え言葉遣いが正される。恐らく先程の議事録関連の事だろう。
「諸事情により切り取りはしましたが、書き方は先程と同じで構いません。小説形式の方が読んでいて楽しいですから」
 ……え、そういうモノなのか? 議事録ってそんな感じでいいのか?
「先程と同じ……ですか?」
「ええ、一人称の小説と同じように、そこにいる者たちの言葉と必要であれば貴方の心情を添える、その形式で構わない、という事ですよ」
「はあ……わかりました」
 まあ、その形式の方が俺はやりやすいので大歓迎なのだが。
「では、最後に一つだけ、確認ですが、ご自分の仕事は分かっていますよね?」
「はい。『魔』たちが日本で過ごしやすいように、物の怪たちといざこざを起こさないようにこの部屋で会議……相談に応じ、時には現場に赴く、そういう仕事、ですよね?」
 まだ状況をうまくは飲み込めていないのでまた後で詳しく整理するが、近年、海外の組織との話し合いにより長らくの『物の怪鎖国』を解禁し、『魔』がこの国を訪れるようになる『逢魔ヶ刻』を認めるようになったらしく、俺とキツネさんはその逢魔ヶ刻をサポートする係であるらしい。
「ええ、そうですー。それでは、よろしくお願いいたしますねー」
 そう言うと彼女は深々とお辞儀をし、一歩二歩と下がる。
「あ、そうだ、キョーカちゃん、今回の『魔』って、どんななのー?」
 そんな彼女を先程と変わらぬ体勢で呼び止め、再び尋ねる。たしかに、どんな『魔』が来るのかという話はまだ聞いていなかったな。ナイスだ、キツネさん。
「ポンティアナックさんという吸血鬼、だそうですよー。表では吸血幽霊と言われているようですがー、まあ、その辺も直接聞いておいてくださると助かりまーす。ではではー」
 笑顔でそう言うと彼女はクルッとその場で回り、扉を開けて出ていく。
「さーて、ちゃんとした初仕事だねー、準備は出来てるー?」
「出来ていなかろうが今から始まるんだろ? それなら準備が出来ているって事にするさ」
「何だかよくわかんないけど気合十分って事だよねっ! よーし、頑張ろー!」


 緊張して、不安で仕方がないが、ちゃんとやってみせる。

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