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Pman

第6話

ピンポン。僕は、非力な須藤を引っ張って、呼び鈴を押した。
顔を出したのは、蒼井君のお母さんだった。
僕は事の次第を、できるだけオブラートに包んで話した。
座っているテーブルの下には、男物の通学鞄と、学校指定の手提げ鞄があった。
須藤は、下を向いて僕の話に意味を傾いているようだった。とにかく、遠野がとても嫌なやつだってことに重点を置いて話した。
話終わり、この家さえもすぐに逃げたい気分だった。
「下向かないで、ちゃんと前を向きなさい」
お母さんが、須藤に言ったのはそれだけだった。それだけで、あんなに仲良かった二人の関係が一瞬で瓦解したような感じだった。所詮、好きだとか自分の娘のように思っているだとかは、気休めで、実際は、何よりも自分の家のことが大事なのだ。当たり前を再認識させられて、またその母親に縋った自分を酷いやつのようにも思えて、仕方なかった。
母親のその言葉で、須藤が前を向くのは十分な時間を要した。その時間の中、母親はまっすぐ須藤のことを見ていた。いまにも彼女を罵倒しそうな強かな目で、それでいて彼女に優しい言葉をかけそうな慈愛の目をしていた。早くだとか急かすことも無く、最終的に須藤が、母親を気になって前を向いた、須藤の我慢比べだった。
「ご飯食べてく?」
「え?」思わず二人してそんな声が漏れた。と同時に僕は、この母親なんか違うな、と淡い期待を抱き始めていた。
「どうする?」
あの状態になってから、須藤が初めて僕に声を出した。
「良いんですか?ご馳走になって」
「全然全然。良ければ泊まっていってもらってもいいぐらいよ」
そこまでしなくも、須藤はそういって少し笑った。
「あ、でもちゃんと親御さんには連絡してね、了承を得てからだけれど」
須藤はまた、はは、と笑った。
「須藤」僕は、彼女に通学鞄を渡して、帰らせてもらった。蒼井君のお母さんは、えー、とかいったけれども、今の僕に出来るのは、彼女と距離をとることだと思ったので、蒼井君の家の近くのバス停で十五分後に出るバスに乗って帰った。
家に帰り、ご飯を食べ、風呂に入り自室に入る。ラインを開くと、須藤から『ありがとう』と九時過ぎに来ていた。既読をつけて寝た。

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