ポイント

Pman

第4話

「ほんと、嫌なやつだよ」
須藤が帰り道、そう愚痴った。
「誰が?」
「誰が?じゃないよ。わかってるくせに」
「ああ、杏仁豆腐?今日も食べてたよね。太っ」
「いい加減にして?」
「ジョークだよ。ジョーク。最近クラスでも落ち着けないから」
「今ではないでしょう」
彼女は、僕の鞄を蹴った。
「遠野のこと?」
「そうでしょ」
彼女は、一息おいて、
「だってほら、あそこは鴻城さんが仕切ってたじゃない。さすがに暇な人たちも人たちで可哀想だったけど、その、なんていうか、あれじゃん?」
うまく言葉に出来ないのか、また僕の鞄を蹴った。
「やめてよ、汚くなる」
「うん」
素直だった。が、無視に近い返事だった。
「自分の株を上げてるって、言いたいの?」
「そうそれ、さすが黒谷!」
「出ない方がおかしいよ」
「また蹴るよ?」
なんなら、須藤がまとめればいいじゃん。ふとその言葉が浮かんで、何言ってんだか、と思った。
「まあ、なんとかなるよ」
出てきたのは、慰めにもなってない変な言葉で、自問自答に近かった。
「なにそれ?」彼女は、ははは、と声高らかに笑った。
「今日も行くんでしょ?」
「ああ、蒼井君家?」
「本当に毎日行って大丈夫なの?」
「ああ、それは」彼女はまた笑った。
「最近、お母さんと打ち解けてきた」
「それは、また別の意味ですごいな?」
「行く?」
僕はその問いに、どう答えるか迷った。数秒前までは、行くつもりなんてさらさら無かったけど、母親と打ち解けてきた、というのに大分助けられた気がする。
「今日は、行こっかな」
「乗気じゃん。でも、蒼井君とは話せないよ?」
「わかってるって」
それは、蒼井君との約束だから、話すつもりも毛頭無い。ただ、
「お母さん優しい?」
「それなりに」
彼女は笑って、
「もう駅近いけど、行きますか!」



ピンポン、呼び鈴を鳴らしてからそれなりに時間がかかった。嫌な気がした。
「はあい」
彼女は、一礼した。僕もそれに倣って。
「毎日きて、ごめんなさい」
「いえ、それはいいのよ。でも、今日はお友達の方が早かったかしら」
なれた感じで、彼女は家に入り、リビングへと通された。
入ってすぐのテーブルで、思わず硬直した。
「遠野さん」
須藤がすぐに声かけた。
蒼井君のお母さんも顔が暗く生気が無い。
「あら、須藤さん」
彼女は、にこ、と笑みを溢した。
「では、お母さん、また来ますね」
遠野はそう言って、
「黒谷君もまた明日」
すぐ出て行った。そのとき、蒼井君のお母さんが、何か紙袋を提げて持ってきて、
「これ。ご家族で食べて」
「いいんですか。では、遠慮無くいただきますね」
「遠野さん、家近いの?」
「うん?そうだけど、なんで?」
「その紙袋、見た目的に重そうだし、ここから歩いていける距離じゃ無い限り大変かなと思って。それに結構お母さんと親しそうだから」
「そうね、ここから二百メートルぐらいの距離だけど。結構、人を見てるのね。昔、いろいろあったの」
彼女は、ではまた、と言って、立ち去った。その一言に、蒼井君のお母さんがピクっと動いたのを僕は見逃さなかった。
「では、ここに座って」
お母さんに促されて、先ほどのテーブルに腰掛けた。よりによって、遠野の椅子に。
「何か、飲み物いる?」
「あ、私は紅茶で」
「僕は……」
「紅茶か、麦茶、緑茶があるけど」
「あ、じゃあ、緑茶で」
「あったかいのでいいわよね?」
「あ、はい」
お母さんが準備を始めると、須藤は、
「なんか、恥ずかしいなあ」
「は、何が?」
「友達が、かしこまっているのを見ると笑えてくる」
友達、なぜかそんな言葉が胸の奥で詰まった。
「なんだよ、それ」
「わっかんない」
ふふ、と笑って、ぺしぺしと肩の方を叩いてくる。
突然、ピー、となってびくんとなる。
「なに、びびってんの?」
「ああ、これ、やかんの音か」
「別に、普通じゃない?」
「いや、うちは電気ケトルだから」
「やかん使わないの?」
「うん」
他愛も無い話をしていると、お母さんが、紅茶と牛乳、その後に緑茶を持ってきた。
「なんで、牛乳まで」
「私、ミルクティー好きだから」
「おま、そんなに贅沢言ってんのかよ」
「だめなの?」
急に、上目遣いで見てくる。
「いいのよ、別に紫織ちゃん。と……」
「黒谷です」
「黒谷君」
「ほらあ」馬鹿にしたように須藤がこっちを見てくる。
「二人とも随分と仲いいけれど、紫織ちゃん、黒谷君と付き合っているの?」
「どうでしょうねえ」
「何でじらすんだよ」
恥じらいとイラッときたのもあって、
「おばさん、全然違いますから」
と強く言ってしまった。
「からかっただけよ」
「そうだよ、そんなに強く言わなくてもいいじゃん」
「はいはい。でも、おばさん、こいつのわがままいちいち聞いてたら、きりないですよ」
「そんな、私をだめ人間みたいに言わなくても」
「そうよ、紫織ちゃんは、そんなことないわ。可愛い子よ」
「ありがとうございます」
急に、須藤が恥ずかしがった。
「ほら、私のところ康生と兄の男兄弟だから、女っ気がなくてね。紫織ちゃん、自分の娘みたいで可愛いのよ」
「おばさん、私もそんなことを言ってもらえると嬉しいです」


長いこと蒼井君の家にいた。これと言った話はしていないが、お母さんの人となりは知ることが出来た。
「じゃあね、黒谷」
「はいはい。また明日」
駅のホームで別れたときには、八時を回っていた。

          

コメント

コメントを書く

「恋愛」の人気作品

書籍化作品