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Pman

第3話

朝のホームルームで騒がしかった割に、授業が始まるまでの十数分は、妙に皆そわそわしていて、それでいてどこか音を立てないようにと気を遣っているのか、静かだった。
蒼井君に話しかけるために席を立っていた者は、いなかった。
授業が始まって、終わって、始まって、終わって。唯一気の抜ける時間は、いつもならつまらない授業の時間で、休み時間の緊迫感とは裏腹に、安心さえ感じられた。
その日の帰りのホームルームは、重要な役柄を昨日決めたので、裏方とか残っている役を決めるというので、僕はあまり心持ちが良くなかった。昨日は、自分が表立ってするようなことはないとわかっていたから気が楽だったけど、今日は一歩間違えば、性格の合わない人と一緒になって心身ともに擦れるというのが容易に想像できる。決して良くない状態だった。優しくて、それなりに話せる人となるのがベストなのだ。
僕はあまり落ち着いていなくて、自分のことに精一杯だったからよくは知らないのだけれど、ずうっと、見ていた須藤曰く、蒼井君は肩は下がり、黒板に目も向けず、ずっと下を向いていたと。僕が彼の抱えている者を想像してわかった気になるのはいくらでも出来る。出来るけど、彼の書かれている気持ちは僕が思っているより、よりねじれていて複雑なんだろうなと、須藤の話を聞いて思った。周りが、笑いながらその時間を楽しんでいる中で、蒼井君は、いや、白野さんもまたいろいろな思いが顕在していたに違いない。
結局、僕は安定して裏方の仕事に就いた。ガラスの靴を作る仕事らしい。あと、買い出しという名のパシリ。白野さんは、予想を反し「魔女役」になった。
その日のうちに買い出し役の僕に、必要な物のメモが渡ってきた。
「明日とかじゃだめ?」
「今日中に買ってきてくれると嬉しいんだけど」
それなりに反抗の意を示したつもりだったが、インスピレーションがどうとか、僕のよくわからない話になって、今日中に一通りの物を揃えることになった。まあ、出るのは学校の財布で、僕のでは無いから、自分の財布が傷むというのとかは微塵も無いのだけれど。
「付き合おっか」
須藤が、ちょんちょんと、僕の肩を押して言った。代理なのにいいの?って聞くと、今日は主役で回るらしいから。代理だからいいんだよ、邪魔になるだけ。そういうことらしい。
「重い物もあるけど?」
こう言うと、来てほしくないってことに聞こえそうだけど、一応気を遣っている。
「それを手伝いに来たんだよ」
彼女には効かなかった。
「で、どこ行くの?」
「そりゃ、ホームセンター」
「それぐらいは知ってるよ。それのどこ?」
「駅の裏っかわのとこ」
「りょうかい!」
びしっと敬礼のポーズをした。
道中、蒼井君の話で持ちきりだった。彼の背中が、とても悲しそうで、こっちまで辛くなったこと、ありもしない想像、憶測が飛び交って、人を笑いものにしてはいけないと思いつつも、彼女と話のネタになるくらいには笑った。
「ついたよ」
そのホームセンターは、白いペンキが剥げ落ちて、鉄の部分が見え隠れするぐらいにはぼろかったし、寂れてた。
「これと、この赤のペンキ、あとは……」
「随分真面目に働くね」
「何?普段の私が不真面目だとでも言いたいの?」
「そうとは言ってない」
「それは言ってる」
言ってない、の繰り返しで、ろくな会話をしなかった。
「やば、時間ないよ。早く帰ろ」
学校を出てから一時間半以上が経っていた。そろそろ皆が怪しむかもしれない。変な期待を抱きつつ、僕は須藤を急かした。
教室に戻ると、意外にもクラスの有志はだらけていた。まあ、材料も何も無いのだから、当然のことと言ったらそうなのかもしれないけれど。すでに台本も用意してあって、蒼井君と遠野、全体的に監督を務める鴻城が、すでに準備を始めていた。ちなみに台本は演劇部から拝借した物らしい。
「遅かったじゃねえかよ」
今井がまた、偉そうに言った。予想以上に重くて、ビニールがすこし破れているのに気づいていないのか、彼は。ハハハ、と彼の発言を笑う者もいた。
「皆考えることは一緒ね」須藤が僕にだけ聞こえるような声で、あきれたようにぼそっと言った。
須藤が少し苛ついて、
「ほら今井、これ持って」
彼に荷物を押しつけた。当然、その荷物は僕のより軽いはずで、なのに、「重っ」と言ってすぐに荷物を床に叩きつけるように下ろしてしまった。
周りは彼をダサっと言ってからかったが、すぐにもとの気が緩んだように呆けてしまった。皆、蒼井君という存在に手が余っているのだ。
「鴻城さん、まだ何か足りない物があったら言ってね。こいつが、買いに行くから」
「うん、黒谷君もよろしくね」
「ああ、任せといて」
「そろそろ時間だし、終わりにしない?」
遠野が、台本を持って、こちらに話しかけた。
「ほら、みんなも帰りたがっているようだし」
すでにやる気のない者は、バックを背負っていた。
「そうだね、皆お疲れ様」





          

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