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Pman

第2話

「須藤、蒼井君は?」
教室に入ったとき、妙にざわざわしていたから、聞いてみた。
「んー、まだよくわかんない。荷物はあるんだけどね」
確かに荷物はあって、なぜかいつも元気な花の姿は、机上にはなかった。そのかわり、濡れたぞうきんが雑に置かれていた。何かを拭いていた後みたいだ。
「じゃあ、須藤はまだ見ていないんだね」
「うん」
「あの、花瓶は?」
「あー、白野さんが持ってってたよ」
「そうなんだ」
あの花瓶は、彼女の仕業だったのか。
「てゆかさ、昨日蒼井君とどこまで話したの?」
「それは……、うーん秘密」
人差し指を口元に持ってって、あざとらしく言った。
「なんだよ」僕は、笑みを浮かべて彼女を小突いた。
「秘密ったら、秘密」
「なにか、変なことをされてないよな」
緊迫した表情で僕が言うと、
「なに、そんなわけないじゃん」とあっさり躱された。
「須藤さん」
振り返ると、白野が立っていた。白い花瓶を持って。
「白野さん」
二人は交互に名前を呼び合った。短い沈黙が流れた。
「その花瓶、」
先に口を開いたのは、須藤の方だった。
「ああ、これ」
「いつも、白野さんが面倒見てたの?」
「そうだけど」
花瓶をまじまじと見て言った。その花瓶は洗ってきたのか酷く濡れていて、中に挿す花はなかった。後で見たところ、ゴミ箱に捨てられていた。
彼女は、見た目いつもより細くなっているような気がした。いや、一週間前より明らかに細くなった。
「今日は、蒼井君がくるから片付けようと思って」
彼女は、掃除用具を入れるロッカーの上にそれを置こうとした。が、背が小さくて届かない。
「ほら、黒谷」
顎で指されて、やっと気づく。後ろから声をかけて、花瓶をロッカーの上に置いた。
「ありがとう」
白野さんに感謝された。そんな言葉を言われたのは、いつぶりだったろう。「どうも」という言葉が出てこなくて、う、うん、とかああ、うん、とか変なのしか出てこなかった。すると、
「変なの」
白野さんは笑った。僕もつられて笑った。少しだけ打ち解けた気がした。暖かいものが、なんだか僕の中に流れた気がした。
「白野」遠野にいつもくっついている女子グループの女子が、彼女を呼んだ。彼女は、顔尾を変えて、つまらなそうな顔をして言ってしまった。
席に着くと、
「なに照れてんのよ」
今度は、僕が須藤に小突かれる番だった。
「あれが、本当の白野なんだよ」
須藤は、頬杖をついて視線を白野にやった。
「彼女は元々男子と接するのがうまかったんだよ。多分、女子より男友達の方が多かった。遊び人とか言われてね、結構女子の反感を買ってたんだけど、あの一件以来、すっかり女子の輪に入っちゃてね。その分、男子と喋る機会は激減したみたいだけど」
「詳しいね」
「あら、人間観察が趣味の黒谷君は知らないんですか」
「人間観察が趣味ってやばいだろ」
「確かに」
「楽しくはなさそうだね」
「まあ、無理矢理付き合うのと、自然と好んで付き合うのは全然違うからね」
始業のチャイムが鳴った。
少しして、担任が入ってきた。
「席に着けー」
彼の一声で席に着いた者はいても、話をやめた者はいない。なぜなら、
「えー、先日から停学になっていた蒼井が今日から、学校に来ることになった。言いたいことがあるようなので、ほら、蒼井」
先生の横に立っていたのは、紛れもなく蒼井君だった。体はこけ痩せ、髪はうまく纏まっていない。制服は皺が入っていて、小汚い。別人、と呼ぶに相応しい存在だった。彼の容姿に絶句した者がクラスのほとんどだった。まるで、シンデレラ、だと。
「えー」
口を開いて最初、言葉を濁すようにしてポツポツと語った。ざわざわ、と波音のように波紋は広がり教室全体が騒がしくなった。
「みなさんに大変ご迷惑をおかけしました。すみませんでした」
長い一礼だった。その一礼には、たくさんの意味がこもっていた。何も知らないクラスの人は、その謝罪で許したようだが、遠野率いる女子グループはさらに表情が曇った。

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