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Pman

第5話

「ついたよ、ここみたい」
木造二階建ての簡素な家。築十年くらいだろう、年数を感じさせない、家を大切にしている感じがある。家の壁面に、あまり時間の経っていないペンキを塗った後がある。
須藤さん、いや須藤が、ピンポンをならした。
「はあい」
間の抜けた返事が返ってきて、その家の扉は、開かれた。
「どちら様でしょう」
扉を開いたのは、中年の女性。蒼井君の母親だろう。僕たちを見て、すぐに虫が悪いような顔をした。
「あの、ラインで蒼井君には、連絡しといたんですけど、蒼井君、元気にしてるかなと思ってきました」
彼女が、事の次第を告げた。
「あらそう」
母親は、頷くだけ、頷いて、扉を閉めた。そして、すぐに開けて、
「どうぞ、いらっしゃい」
僕たちを家にあげてくれた。
お母さんは、「二階の正面が、康生の」といって、すぐに消えた。僕たちのことをあまりよく思っていないのか、それとも、息子である蒼井君のことが気に入らないのか、とても歓迎されているようではなく、不躾な態度であった。僕たちも無作法であったのは、重々承知の上で、だけど。
案内されたとおり、らせん階段を上って、一番最初にみえた部屋が、彼の部屋であった。
「蒼井君」
彼女の一言、否、僕たちは階段を上っている音で気づいたのか、それとも若しくは……、いずれにせよ、彼女のがそう呼びかけた刹那、彼は、「待って」と言った。
「うん」
ゆっくりと、自然な感じで受け入れるように、彼女は首肯した。この間、扉越しにだが。
ゴホンゴホン、蒼井君は少しわざとらしい感じのする声であった。それにいち早く気づいた、須藤が、
「具合、悪いの?」
おどおどした声音で彼女は言った。
「だ、大丈夫」すぐに返事は返ってきた。
「話がしたいの」
埒があかない、そういった様子で、彼女は、つっけんどんに言った。
「でも、風邪気味だし、来てくれただけで嬉しいよ」
「私は、蒼井君と面と向かって話がしたいの。ほら、お見舞いの果物も買ってきたし」
「須藤さん」と暴走気味の須藤に制止すると、しっ、と指を口元にたて、しー、のポーズで逆に牽制された。そして、「須藤さんじゃない」余裕のあるようなことを言った。
彼女は、ドアノブを握りしめていた。
ガチッとドアの開く音ではなくドアノブが上下に動く音がその場に響いた。
「ごめん、本当のことを言うよ」
先に折れたのは、蒼井君だった。
「本当は、会いたくない」
「どうして」
「ラインしたときは、部屋に招き入れるつもりだったんだ、最近の学校の話でも聞こうと思って」
ぽつぽつと、彼はゆっくり言い出した。その場の勢いに任せると、心に溜めておいたものが、一気にあふれ出して、捲し立ててしまうというのは僕たちもわかっていたから。
「でも、怖いんだ。君たちを心から信じられない。それに、君たちは時間を空けてきてくれたけど、自分が停学になってきたときに、面白がってきた女子とか、男子がいてね。みんな心配してきてくれたんだと思ったら、突然俺に、白野さんの下着と財布を盗んだときのことを根掘り葉掘り聞いてきて、あんまりうまく言えなかったもんだから、彼らたちに変に理解されてしまったみたいなんだ。ごめん。君ら二人が、来てくれたのは、嬉しかったんだ。嬉しかったんだよ。でも、どうせ、君たちもそういうことを聞きに来たんだろ?ごめん」
不意に彼の言葉は途切れた。見えはしないが、涙声になっていて、瞳に涙を精一杯ためているようなのを感じた。けど、それらはすぐにポロポロと落ちたのだろう、鼻をすする音が聞こえた。
「大丈夫、ゆっくりでいいから。話せるようになったらで良いから。僕たちはちゃんと聴くから」
ここに来てはじめて、僕は彼に話しかけた。だれかわかんなくて無視されたのか、声を出せなかったのかどうかは知らないけど、彼に伝わってれば良い、それだけだった。
「うん」
しばらくして、ようやく聞き取れる返事が返ってきた。
物音がした。
「ごめん、いつか君たちをしんじられるようになったら、落ち着いたらゆっくり話すよ」
声がくぐもっていた。ドアの近くまで来たのだろう。ドア越しに感じる彼の声は、とてもゆっくりで、優しかった。
「それまで待っててくれるかな。それは、明日かもしれないし、一ヶ月後かもしれないけど。とにかく、」
そう彼は区切って、タメを作って、
「今は答えられない」
そういった。そう、はっきり言ったのは、僕たちのことを少しぐらいは信用しているということなのだろうか。
「わかった」
十分間を開けて、彼女は口を開いた。
「また来るね」
今はまだ、ドア越しの距離なのかもしれない。でも、きっと彼の口から何か聞けるようになるのも、そう遠くないはずだ。それだけは確信できた。


母親にありがとうを言って、家を出た。


明日、演劇の配役をする時間がある。本当の勝負は、その時間だ。

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