はじめから、世界が君に優しいだけ

いのまん。

第一話 はじめから、母がキミに怒っただけ



「んぁー…気持ち悪い。」

やけに気分が優れない。
特に胸のあたり。
酷く胸焼けがする。

「昨日、飲みすぎたな。」

昨晩の同窓会は酷かった。
酔いが覚めた今では自分の愚行に恥ずかしく感じる。
何せ久しぶりの外出、久しぶりの知り合いなんだ。
乗り気でなかった自分を完全否定するかのようにどんどんと酒に溺れていったことだけは覚えている。

六畳一間。
長い大学生活ももうすぐ終わるというのに、とうとうこの部屋に誰か友達と呼べる人間を呼ぶことは無かった。

「職と金と友達…かぁ。」

全部俺に無いもの。
何かをつかもうとして伸ばした手も、今では霞んで、ほとんど見えなくなっている。

「メガネ〜…どこだぁ。」

視力0.01。
もはやコンタクトではどうにもならない。

「あれ…?」

自分の枕付近に手を走らせる。
だが、どうやら枕の隣においてあったはずのメガネがないらしい。
仕方ない。
少し寒いが、布団から上半身を出してベッドの下に手を伸ばす。

「あっ、あった。」

ギリギリ手の届くところに、それは落ちていた。

「あと…もう少し…」

もう少し手を伸ばそうと体重をかけたその途端、

「わぁっ!」

しくった。
体重をかけすぎた。
俺は全身から床に叩きつけられる。
その時グシャッというエフェクトが聞こえた。

「うーわっ、嘘だろ…!?」

背中にある感触。
俺はそいつをを拾い上げ、見つめる。

「…終わったぁ〜」

見事に真っ二つだった。
身体中に脱力感が走り、俺はもう一度ベッドに帰宅した。




「…くぅ〜」

いつの間にか寝ていたらしい。
でも、何故だろう。
結構寝てたはずなのに、まださっきの脱力感が続いてる。
体が重く感じる。

「んー…ん?」

たしかに身体が重い。
でも、その重みは体全体にきていると言うよりかは、腹部に集中している気がする。

「ん!?」

いや、やっぱりおかしい。
精神的にでは無い。
この重みは物理的だ!
病気ではないかとビビった俺は布団から飛び出ようとする。

「うぁっ!」
「きゃっ!」

布団をはぐった途端、俺の腹部の重みが一気に取れた。
ん?
きゃっ!て、俺が言ったのか?
そんな女々しくなったつもりは無いと、目を擦り、ベッドに目を当てる。
するとそこには一人の少女がいた。

「えっ!」

長い銀髪。
透き通るような白い肌。
間違いない、女だ。

「お、オンナ…!」

「んもぉー、何よいきなり!」

身長150あるかないかぐらいの小柄で、その顔立ちからしてまだ中学生ぐらいに思えた。

「いや、いやいやいや、それはこっちのセリフだし!何勝手に俺の家に入ってきてるんだよ!あんた誰だよ!」

こいつ、さっきまで俺の上に馬乗りになっていやがったのか。
どうりで重い訳だ。

「そんなことより!…お腹、空いた…」

「はぁ〜?」

どうしてこんなことになっているのか。
同窓会で知らぬ間にお持ち帰りした女の子かとも思ったが、こんな銀髪で小柄のやつなんて学校にはいなかった。
訳が分からないがとりあえずメガネを取らねば何も始まらない。
だが、ベッドの横に落ちているメガネを取ろうとした手が、妙にはっきりしている。
どう見てもおかしい。
俺の視界が…今までにないくらい良好だ。
まるで視力が戻ったみたいな…

「えっ…見える…!?」

間違いない。
視力1.00はあるぞ、これ。
俺は既にメガネなんて必要ないくらいに視力が回復していた。

「お、おい。どうなってんだよ…これ。」

辺りを見渡し、新しい視界を堪能する。
嘘でもいいが、とても嬉しかった。
今までどれだけ切に視力回復を望んでいたことか。
中学生時代からゲーム三昧の日々で壊れた両目は、大学に入ってからは後悔の連続だった。
講義に参加しても黒板が見えない。
レンズが分厚いせいで目が小さく見え、女の子にはモテない。
最近はメガネ男子が流行ってるとか言っているが、それは一部の頭のおかしな女子どもが流したデマだ。

「ねぇ…ねぇってば!」

「あ?」

ベッドの方に振り向くとさっきの銀髪の少女が頬をふくらませてこちらをじっと見つめていた。
そう言えば、この少女の存在を忘れていた。

「早くしてよ!お腹鳴っちゃってるんですけど!」

「知らねぇよ!何勝手に人の家に忍び込んで食べ物強請ってるんだよ!」

すると彼女はいきなり、しゅんと体を小さく丸め、か細い声でこう言った。

「…私、逃げてきたの…」

「ん?…ワケありってやつか?」

「…うん。だからお願いがあるんだけど…」

「匿ってくれってか…」

「…うん。」

彼女は計算し尽くされた角度で俺にその麗しい目を向けてくる。

「断る、と言いたいところだが…しょうがない。飯ぐらい作って食わせるだけならいいか。」

そう言って俺は台所へ向かう。
冷蔵庫を開く。
あまり食い物らしいものはなかったが、粗末な野菜炒め程度なら作れる材料はあった。
フライパンなり、なんなりと準備し始めている間、気まずそうにベッドに正座している彼女の気をほぐすために話でもしようと会話をもちかける。

「なぁ、そう言えばあんた、名前はなんて言うんだ?」

「京極 阿利襪オリヴィア。」

「ハーフ…なんだよな?」

「そ。」

自慢げな表情。
ムカつく。
こいつ、自分が他人より優れた位置にいることを知ってやがる。
ハーフとして生まれただけでその子の人生の八割は保証されると言うが…こいつも相当楽な人生を過ごしてきたんだろうな。
でもそんな奴がなぜ…

「なぁ、聞いてもいいか?」

「なに。」

なんでさっきからそんなあからさまに不機嫌なのか。

「お前って何したら追われる羽目になったんだ?そんなに不味いことしでかしたのか?」

「それを聞いちゃうの?」

「ああ、だから聞いてるんだが…」

「むー…」

「なんだよ、そんなに言えないことか?俺は警察になんか突き出したりしないから、ほら。」

「…家出。」

「えっ。今なんて?」

「家出!宿題やってないからお母さんに追われてるの!」

「はぁ〜?なんだよそれ!そんなんで人の家に勝手に入っきたのか?」

「だって、鍵空いてたんだもん。」

「お前な…」

全く、匿ってもらってるのに失礼なやつだ。
そんなたわいもない会話をしてるうちに野菜炒めが完成した。

「ほら、毒は入ってないから。食え。」

ホカホカに立ち込める湯気。
彼女の目は文字通りキラキラしていた。
が、それを俺に見られているのに気がつくと姿勢を正し、行儀よくこう言った。

「…いただきます。」

彼女は徐に箸をとり、俺の野菜炒めを食べ始めた。

「…どうだ?」

「ん…ん〜!お、おいひい!」

彼女はゆるく持っていた箸を持ち替え、いきなり頬張るように食べ始める。

「ははっ、そんなに慌てんなって。食べ物は逃げては行かねぇよ。」

口に書き込むようにして彼女は野菜たちを喰らっていく。
その姿は子供そのものだった。

「ボフッ!」

あ、噎せた。

「何やってんだって…」

「だって、ちょっと熱かったんだもん。」

俺は黙々と食べ進める彼女の口周りを拭き取りながら、こう言った。

「それにしても、いきなり知らない奴の家に押しかけて匿ってくれなんて…変な奴だったらそれこそ危なかったぞ。理性ある俺で良かったな。」

「…別に、誰だろうと関係ないし。」

「はぁ。本当、世界はお前に優しいな。」


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