ポケベルは鳴るのか

こうやまみか

6

「恥ずかしい話、日本がバブル経済と呼ばれて世間が浮き立っていた頃は私も専門のパソコン関係の会社に不動産部門とか投資部門とかの、いわゆる本業ではないことにお金を湯水のように注ぎ込んでしまっていてね。今思うと本当に馬鹿な真似をしたと思う。そこにバブル崩壊の予兆が来てしまい不動産や投資部門での会社の借金が返せなくなり、不渡りを二回出してしまった。
 手形の不渡りを――つまり銀行口座からそのお金が取引先に出金出来なくなった場合、会社は倒産したと見做される――防ごうと金策に奔走していて、怪しげな会社からも借金をした。会社の資産だけでなく自宅とか女房名義の不動産まで担保に入れて。
 それに借金の連帯保証人に当時の妻に随分頼んだ。連帯保証人というのは、本人が借金を返せなくなった場合に、妻に取り立てが行くというシステムだ。
 万策が尽きて、深夜人目を忍んで自宅に帰ってみたら――離婚届に判を押した状態の紙片と『疲れました。別人として生きていきます。これまで有難う御座いました。そして、探さないで下さい』という置手紙がリビングのテーブルの上に残されていて。妻の荷物などもごっそりと無くなっていた。
 そして息子のも。あの時は本気で自殺を考えたな」
 ポケベルを見詰めて話す秋月さんの目が涙で潤んでいた。このベンチに座り続けている秋月さんは――そして男子高生ばかりを見ていたという点から考えて――息子さんを探していたのではないかと思った。
「息子さんにポケベルを渡したのですか?まだ小さかったのですよね……」
 バブル崩壊は裕史が生まれる前の出来事のハズで、ただ「予兆」は数年前から起こっていたのかもしれない。
「そう、羽振りが良かった頃には携帯電話も――今のように誰でも持てるという金額でもなかった――自動車電話も持っていたが、そんなものは取り立て屋に回収されるに決まっていたからね。当時5歳の息子に『これは父さんと連絡が取れる魔法の機械だから』と言って渡した。それが13年前の話だ」
 話しが繋がったような気がした。


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