神殿の月

こうやまみか

44

 その声に一同は快哉の小さな歓声をもらしていた。
 ファロスは心地よく冷えたジャスミン茶で口を湿らせた。この味と香りはキリヤ様の私室でも味わったので、何だかとても慕わしい想いが胸を過《よぎ》った。
「ほう、なるほど。宰相殿は王様の覚えはめでたいものの、何だか腹に一物あるとの密かな評判がありましたので……、むべなるかな……ですね」
 エルタニアなまりの陽気な声が口笛と共に響いた。普段は流暢かつ上品なカタロニア語を話すリュカスだが、捕虜に流言を流す時に備えていた。ちなみにキリヤ様に話した没落したエルタニア貴族の息子なので、そういう王室事情にも詳しいようだ。
「宰相の話は一般兵士にまで行きわたっているのか?」
 ファロスは普段は能力のみを重んじて身分の上下を問わないが、今は慎重に確かめる必要がある。
「何を考えているのか分からないとか、いかにも腹黒そうだという話はちらほら聞きましたね、親戚からだけでなくて、下働きの人間とか酒場のウワサでも。ですから『あの宰相ならやりかねない』という考えはかなり浸透していると考えて良いでしょう。ただ、本当に仕出かすとは思っても居ませんでしたが。
 何しろ、第二王子は王城に居る時間よりも娼館で過ごす時間の方が多いお人です。いや、これはしょうふさん本人から愚痴混じりに聞いたこともあるので本当でしょうね」
 ファロスはキリヤ様が「文字通り」身体を張ってくれた情報の正確さに満足しつつもこみ上げる苦さというか、身を焼かれるような思いという複雑過ぎる心情を押し隠していた。
「捕虜達には筆舌を尽くして説明するような暇は当然ないので、向こうが一瞬で信じるような信憑性がなくてはならないが……。それも大丈夫そうだな。リュカス、その件については王も信じるような、尤もらしい筋書きをも頼む」
 聖カタロニア国を含めその周辺国に身分制度は一応あるが、貴族でも気軽に露店で買い物をしても誰も気に留めない。
 それこそ安価な酒場で貴族と平民が仲良く語り合って――といっても話題が合った時のみだったが――意気投合して飲み明かすということも珍しくない。酒場の勘定は当然貴族がもつことになるのだが。
「そうですね。エルタニアの兵士達が一瞬で信じるように考え直します。
 その流言飛語りゅうげんひごだけでユリヤス王子を担いだ王位簒奪騒動をバカ王が信じるような、ね。そちらは任せてください」

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