神殿の月

こうやまみか

17

「ほう……。それはどのような……」
 ファロスの口調が熱を帯びているのも当然だった。一応周辺国の情報は探りとれる限り収集している。いつ敵に回るか分からないのが――現に今二国同盟を締結されて戦が始まろうとしている――国というものだったから、ある意味当然のことだ。
 ただ――ファロスも初めて知ったことだが――聖神官を含む神殿の方がさらに情報を得ている、神事にかこつけて。
「エルタニアの宰相の娘は、現在、王の寵愛を一心に集めている」
 その情報は当然諸国にも流れている。
「はい、しかし正妃はフランツ王国から嫁がれたお方で、第一王子にも恵まれております」
 どこの国でも政治的な思惑から王族の結婚が決められる。その上、いかに宰相の娘であったとしても他国の王家、しかも現国王の娘という高貴な身分の女性が存在する以上は正妃になれないのも厳然たる事実だった。
「ただ、その寵妃は第二王子を出産した上に宰相たる父親の威を借りて第一王子を密かに葬るという密謀を企んでいるとしたら?」
 キリヤ様の眼差しが真剣みを帯びて煌めいた。
「それはフランツ王国軍、そして王自身も同盟を組んだエルタニアを見限るには十分なお話ではあります。しかし、第二王子には密かな噂が有ります。王たるに相応しい第一王子とは――すでに皇太子と定まっております――異なっていささか常軌を逸した点が多々見られて王座に就くには不十分であるという……」
 脳の病という噂が有ったが、その辺りは判然としない。ただし、エルタニアの城を抜け出して娼婦の居る娼館に――男娼の方が一般的な分値段も高いのが女性の居る店だ――入り浸っているという情報はファロスの国でもある聖カタロニア王国の密偵が実際に娼館に赴いて得た情報にも含まれていた。
「確かにその通りだ。しかし、エルタニアの宰相殿は自分の孫を次期国王にしたいという切なる願望を持っているので、皇太子の退位をも我が戦神に祈念された。それは私もこの耳で聞いたことなので間違いはない」
 キリヤ様の深い泉のような神秘の煌めきを宿した眼差しがファロスに真っ直ぐに向けられた。幾分可笑しそうな感じで和らいだ眼差しは、神の化身というよりも人の子としての慕わしさに満ちていた。
「では……つまり」
 キリヤ様の唇が紡ぐ言葉はファロスにも初耳だったので、新たな判断材料になりそうだ。素早く考えをまとめることにした。

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