神殿の月

こうやまみか

14

「そうか、それは良かった。この部屋で客人を待たせたことはないので、無聊を持て余していたらどうしようかと思っていた」
 キリヤ様付きの神官見習いのエレアが言ったように本当にこの部屋に来た客人というか信者はいないらしい。そのことについては単純に嬉しかった。ファロスが特別扱いを受けているような気がして。
「いえ、大変興味深くいろいろと拝見させて頂いておりました。特にこの地図などは私が国王陛下に提出したものよりもはるかに完成度も高くて、赤面の至りです」
 その称賛の気持ちは嘘偽りのないものではあったが、ファロスの内心の身を炙られるような気持ちで過ごしたのも事実だった。キリヤ様が禊として褥を共にするのは「聖なる務め」だとは分かってはいたものの、そう割り切ることが出来ない自分自身の気持ちがむしろ不思議だった。
 キリヤ様は先ほどよりも薄紅色を増した艶やかな笑みでファロスの元へと歩み寄って来た。その瑞々しい紅を刷いたのがエルタニアの宰相だと思うとなおさらのこと。
「我が神殿は戦の前こそ戦勝祈願で賑わうがそれ以外は聖神官としてではなくて神官の務めしか果たさなくて良いので……。その無聊を慰めるためにも、そして大神官様の仰せに従っているという側面も有るが……とにかくこうして情報を集めている。
 ファロスの役に立てばとても嬉しい。我が聖カタロニア王国が、同盟を結んだフランツ王国とエルタニア国に攻め滅ぼされてしまうことは避けたい。
 私も実はこの国出身なので、なおさらのこと」
 純白の絹にしなやかな肢体を包んだキリヤ様が壁際へと歩み寄ってきた。その衣擦れの音すら銀の粉をまとっているような錯覚を抱くほど神聖かつ優雅な歩みでファロスの視線を魅了するには充分過ぎるほどだった。
「キリヤ様もこの国がご出身なのですか……」
 神官となったからには世俗のしがらみは解かれるという建前だったが、やはり自分の母国となると気になるのかもしれない。
「エルタニアとフランツ王国の狙いは海に面したこの国を共同統治して海洋貿易への食指が動いたからだ」
 確かに内陸国である二国は港がない。突如同盟を結んで宣戦布告してきたから戦う覚悟を決めただけの王様もその理由は知らないはずで、当然ファロスも初耳だった。
 キリヤ様が寝物語で聞き出したのだろうが。


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