神殿の月

こうやまみか

 この行為は神との対話でもあると聖神官キリヤはそう諭したかったに違いない。
 厳粛さの中にもどこか艶めいた香油の香りがファロスの鼻腔びこうから脳へと甘い陶酔を伴っていく、甘い毒のような心地よさで。
「それは大神官様からも伺いました。キリヤ様を俗人とは思ってもおりませぬ故ゆえ心して務めますます。不束者ふつつかものではございますので失礼がございましたら何卒なにとぞご容赦下さいますようにお願い申し上げます」
 白く滑らかな手の甲に恭うやうやしく唇を落とした後に、紫の絹の衣を留めていた金剛石こんごうせきの煌めく留め金を外して白い大理石よりも滑らかな素肌を露わにしていった。
 戦に女人にょにんを伴わないという習慣が連綿と続いているこの辺りの国々では国王やその近臣達が戦場に赴く際に昂ぶった時のために見目麗しい少年や青年を伴っているのがむしろ当然のように見做されていた。
 しかし、聖神官は戦神の憑代もしくは現人神あらひとがみとして信仰の対象だった。
 愛玩の目的ではなく、神にかしずく祈りにも似た行為とされていたので、ファロスの身体に冷たい汗が伝っている。
 しかし、紫の薄い衣が肌から滑り落ちてごく薄い紅色に染まった滑らかな素肌が露わになるにつれて、この神に似た冷たい大理石ではなく熱く乱れる生身の人間に堕としたいという切羽詰まった焦燥感に駆られた。
 ただ、聖神官の長でもある人に無体な真似は出来ない。
 みそぎ自体は馴れ切った行為ではあるだろう、それこそ戦が絶えることのない時代に。
 神々しいまでの色香だけを纏ったしなやかな肢体が紫の絹の上に横たわっているのを息を飲む思いで見たファロスは身に着けた衣服をそれこそ破ける勢いで脱ぎ捨てた。
「何とお呼びすれば宜しいのですか?キリヤ様、それとも聖神官様ですか」
 ほの紅い唇に唇を近付けながら熱い息を持て余して聞いてみた。
「口づけは不要なもの。それ以外は好きに致せば良い……」
 細く長い指が唇の上を閉ざすように置いている姿さえも扇情的だった。
 神事の他には使うことのない手はしなやかな優美さに満ちている。そしてその絹よりも滑らかで艶やかな光沢を放つ白い素肌に息づく紅色の小さな尖りが呼吸に合わせて微かに動いていているのも妙に生々しくて情動をそそる。



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