修羅道 ~レベルを上げたいだけなのに~
第21話 決勝の決着
大都市ロアーヌで催される、武の祭典。今年の決勝に進んだのは王の推薦枠で勝ち残った聖騎士ユリウスと初参加で決勝まで転がり込んだチンピラのムサシの対決となった。
前者は騎士らしく正々堂々と闘い、対戦相手に不必要な傷をつけることなく勝ち上がってきた。
後者は対照的に、トーナメントまであがってきた実力者らしくない闘いぶりであり、同大会の歴史において異質な存在であった。
人気の割れ方は明らかで、満員の観客のほとんどがユリウスの勝利を信じ、そして望んでいた。
開始と同時に場内は大歓声につつまれることになった。
今大会初めて聖騎士がその由来たる聖剣を抜いたのである。ムサシの借りている闘技場の剣が石とするならその輝きは正しくダイヤモンド。
その美しく輝く宝剣を天空にかかげて叫ぶ!
「我が聖剣こそロアーヌの矛!」
名高き聖剣を見た観客の大声援で、その声は誰にも聴こえない、常人を超えた五感を持ち、意識の全てを敵である聖騎士に向けていた男を除いては。
その剣を掲げた姿を、叫びを、隙とみた男、ムサシは名乗りの最中にも関わらず切羽を投げつける。そして着弾を待たず自身も弾丸となりユリウスに迫る。
「そして!我が盾は!」
ユリウスが手に持つ盾を放り投げた。
「王と民とロアーヌを護る!」
如何なる理か、投げられた盾が独りでに動き、音速の切羽を弾く、続いて襲い掛かるムサシの一撃も同様に退ける。
盾に押し飛ばされたムサシを睨み付けて、ユリウスがつぶやいた。
「聴こえているのだろう? ムサシよ、貴様ほどの戦士が歓声ぐらいで音が拾えぬことはあるまい」
ムサシは返答の代わりに切羽を投げつける。
盾がユリウスを護り、盾の奥からユリウスの追及がはじまった。
「結論から言おう、ムサシよ、貴様は悪だ。無辜の民を虐殺したのは貴様に間違いないな?」
ムサシの表情は動かない、尚も切羽を投げ続ける。
「実を言うと証拠は見つかっていない、これは勘のようなものだが私の魔法が言うのだ、貴様を斬れと。私の魔法は少し特別でね、『正義』に五月蝿いのだよ、貴様のような悪を見ると虫唾が走る!」
防御の姿勢から一転。今度はユリウスがムサシに突貫した。盾を置き去りにしたユリウスの鎧に火花が散る、肉薄から一太刀まで一瞬。まばたきのあとには二の太刀を切り結ぶ。
否、切り結ぶことすら許されなかった。一太刀目はなんとか避けたムサシだが、二の太刀は間に合わず、受け太刀をこころみるも剣が切断されてしまう。
その気配を受けたムサシの判断は早かった。
「降参だ」
両手をあげ、アッサリ降参する。
さきほどまで手にしていた剣は中ほどまで切断されていた。
剣と追求を逃れたムサシはその後の表彰と祝賀会を、のらりくらりとやり過ごした。
ムサシには判っていた。表彰や祝賀会を普通に受けることが出来たのもスラムの住人よりも国の威信が大事だからだ、武闘祭を最後までつつがなく終わらせる為に俺の逮捕は見送られた。それどころか国外に出てしまえばお咎めもないかもしれない。
優勝できなったことと、犯人が自分だと判ってしまったことは残念だが、それ以外は上手くいったと思う。
思い出す。
スラムは酷い有様だった。繁華街と隣接したスラムの入り口とでも言うべき場所はまだマシだ。薬と売春と暴力が蔓延る普通の夜の街だ。
奥地に進むほど建物と道路の質はさがり、やがて道が土となり、建物がゴミ山と見分けがつかなくなってくる。
骨の浮き出た者がゴミの山を漁り、路上の死体と同衾し、うめき声をあげ、やがて物言わぬ生ゴミになる。
栄養失調と伝染病がここでの主な死因だ、ときおり現れる薬物中毒者の殺人なぞ比べ物にもならなかった。
戦後。職を求めて流入してきた人々が、職にあぶれたまま世代を超えた。貧困の連鎖に閉じ込められた袋小路の世界だ。
スラムの惨状はムサシの想定の中でも最低のものであり、ここでならいくらでも殺せるとムサシは考えたのだ。
王と議会はスラムの人々を救おうと考えてはいない、そんなことをすれば一般の民と国が貧しくなることが明白だからだ。口ではなんとかすると言いながら、実際には治安維持の名目で数名の兵士を派遣するだけに留まっていた。
発見はその功績と言っていい。広いスラムではあるがムサシの殺した数は多すぎた、普段なら悪臭に眉をひそめ、足早に踵を返す兵士もその異常な数の死体を前に真相を調べようと、奥地のさらに奥まで進んだ。
恐らく他殺だろうということしか解らなかった。しかし異常については上官に報告し、最終的にユリウスと国王の耳に入ったのである。
ユリウスにとって誤算だったのはムサシがすぐに降参してしまったことだ。
闘いのなかで罪を自白させ、罰として少なくとも腕の一本ぐらい切り落とすつもりであった。
それが死んでいった者達へのせめてもの手向けであり、今後の被害者を出さない為の最低限の処置だと信じた。それが早期の降参でそれ以上の攻撃を加えることが出来なかったのである。
凶行の理由も今後の危険性も残ったまま、殺人鬼がのうのうと生きている。
正義を愛し、正義の魔法を身に宿したユリウスは今からでもムサシを無力化したかったが、敬愛する王と国の為に何もしないという苦渋の決断を下していた。
国の為に民を見殺すという矛盾にユリウスは苦しんだが、幸いにもスラムでの連続殺人は終わり、その犯人であろう人物は姿をくらましたのであった。
前者は騎士らしく正々堂々と闘い、対戦相手に不必要な傷をつけることなく勝ち上がってきた。
後者は対照的に、トーナメントまであがってきた実力者らしくない闘いぶりであり、同大会の歴史において異質な存在であった。
人気の割れ方は明らかで、満員の観客のほとんどがユリウスの勝利を信じ、そして望んでいた。
開始と同時に場内は大歓声につつまれることになった。
今大会初めて聖騎士がその由来たる聖剣を抜いたのである。ムサシの借りている闘技場の剣が石とするならその輝きは正しくダイヤモンド。
その美しく輝く宝剣を天空にかかげて叫ぶ!
「我が聖剣こそロアーヌの矛!」
名高き聖剣を見た観客の大声援で、その声は誰にも聴こえない、常人を超えた五感を持ち、意識の全てを敵である聖騎士に向けていた男を除いては。
その剣を掲げた姿を、叫びを、隙とみた男、ムサシは名乗りの最中にも関わらず切羽を投げつける。そして着弾を待たず自身も弾丸となりユリウスに迫る。
「そして!我が盾は!」
ユリウスが手に持つ盾を放り投げた。
「王と民とロアーヌを護る!」
如何なる理か、投げられた盾が独りでに動き、音速の切羽を弾く、続いて襲い掛かるムサシの一撃も同様に退ける。
盾に押し飛ばされたムサシを睨み付けて、ユリウスがつぶやいた。
「聴こえているのだろう? ムサシよ、貴様ほどの戦士が歓声ぐらいで音が拾えぬことはあるまい」
ムサシは返答の代わりに切羽を投げつける。
盾がユリウスを護り、盾の奥からユリウスの追及がはじまった。
「結論から言おう、ムサシよ、貴様は悪だ。無辜の民を虐殺したのは貴様に間違いないな?」
ムサシの表情は動かない、尚も切羽を投げ続ける。
「実を言うと証拠は見つかっていない、これは勘のようなものだが私の魔法が言うのだ、貴様を斬れと。私の魔法は少し特別でね、『正義』に五月蝿いのだよ、貴様のような悪を見ると虫唾が走る!」
防御の姿勢から一転。今度はユリウスがムサシに突貫した。盾を置き去りにしたユリウスの鎧に火花が散る、肉薄から一太刀まで一瞬。まばたきのあとには二の太刀を切り結ぶ。
否、切り結ぶことすら許されなかった。一太刀目はなんとか避けたムサシだが、二の太刀は間に合わず、受け太刀をこころみるも剣が切断されてしまう。
その気配を受けたムサシの判断は早かった。
「降参だ」
両手をあげ、アッサリ降参する。
さきほどまで手にしていた剣は中ほどまで切断されていた。
剣と追求を逃れたムサシはその後の表彰と祝賀会を、のらりくらりとやり過ごした。
ムサシには判っていた。表彰や祝賀会を普通に受けることが出来たのもスラムの住人よりも国の威信が大事だからだ、武闘祭を最後までつつがなく終わらせる為に俺の逮捕は見送られた。それどころか国外に出てしまえばお咎めもないかもしれない。
優勝できなったことと、犯人が自分だと判ってしまったことは残念だが、それ以外は上手くいったと思う。
思い出す。
スラムは酷い有様だった。繁華街と隣接したスラムの入り口とでも言うべき場所はまだマシだ。薬と売春と暴力が蔓延る普通の夜の街だ。
奥地に進むほど建物と道路の質はさがり、やがて道が土となり、建物がゴミ山と見分けがつかなくなってくる。
骨の浮き出た者がゴミの山を漁り、路上の死体と同衾し、うめき声をあげ、やがて物言わぬ生ゴミになる。
栄養失調と伝染病がここでの主な死因だ、ときおり現れる薬物中毒者の殺人なぞ比べ物にもならなかった。
戦後。職を求めて流入してきた人々が、職にあぶれたまま世代を超えた。貧困の連鎖に閉じ込められた袋小路の世界だ。
スラムの惨状はムサシの想定の中でも最低のものであり、ここでならいくらでも殺せるとムサシは考えたのだ。
王と議会はスラムの人々を救おうと考えてはいない、そんなことをすれば一般の民と国が貧しくなることが明白だからだ。口ではなんとかすると言いながら、実際には治安維持の名目で数名の兵士を派遣するだけに留まっていた。
発見はその功績と言っていい。広いスラムではあるがムサシの殺した数は多すぎた、普段なら悪臭に眉をひそめ、足早に踵を返す兵士もその異常な数の死体を前に真相を調べようと、奥地のさらに奥まで進んだ。
恐らく他殺だろうということしか解らなかった。しかし異常については上官に報告し、最終的にユリウスと国王の耳に入ったのである。
ユリウスにとって誤算だったのはムサシがすぐに降参してしまったことだ。
闘いのなかで罪を自白させ、罰として少なくとも腕の一本ぐらい切り落とすつもりであった。
それが死んでいった者達へのせめてもの手向けであり、今後の被害者を出さない為の最低限の処置だと信じた。それが早期の降参でそれ以上の攻撃を加えることが出来なかったのである。
凶行の理由も今後の危険性も残ったまま、殺人鬼がのうのうと生きている。
正義を愛し、正義の魔法を身に宿したユリウスは今からでもムサシを無力化したかったが、敬愛する王と国の為に何もしないという苦渋の決断を下していた。
国の為に民を見殺すという矛盾にユリウスは苦しんだが、幸いにもスラムでの連続殺人は終わり、その犯人であろう人物は姿をくらましたのであった。
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