黒い花

島倉大大主

第三章:歩き種 5

「さて京さん、これから語ることは、こちらの本やら巻物やらの情報と、僕の想像妄想空想の入り混じった大変イっちゃった説明になるのだが、まあ辛抱して聞いていただきたい。
 ここにありまするは、どうやら『大いなる木を讃える教団』の秘本のようなのだが、どうもね、種々雑多な他教団の教本を継ぎはぎした――いや、かなり研究していた何者かがまとめ上げた本のように思える」
「ふむ、じゃあ、そいつが神虫を造ったのか」
「違う。人造神虫は別の教団からのいただきだ。この教団は、他所から借りて来たもので成り立っていると言ってもいいね」
「借りてきて、自分とこのオリジナルにしちゃうわけか……なんだかなあ」
 真木は両手を広げた。
「まあ、それは置いておこう! 
 さて、この本で取り上げられている神虫とは何か? これはどうやら定期的に起こる自然現象を指すらしい」
「……は?」
「つまりだ――」
 真木は天井を見上げる。
「自然界では、定期的に増えすぎた生物を間引く現象が起きている、ということだね。いや、洪水や台風、干ばつなんかも結果的にはそういう現象と言えるかもしれないが、この現象はより直接的に生物を消滅させる。
 勿論これはそう頻繁に起きる物ではない。百年二百年、いや、ともすれば千年二千年という長いスパンで起きるものだし、起きる規模も様々だ。生物体一つが消滅する時があれば、何千何万体が消滅する時もある。つまり、状況によっては『絶滅』した生物達もいたわけだな」
「……おい、まさか恐竜とかの話をおっぱじめる気か?」
「さてね、そっちは遠すぎて証拠がないから何ともね。そうだな……アトランティス――」
「おいおいおいおい」
「OK。もっと近くで行こうか。そうだな、某所での移民失踪、ある村の人間が全員居なくなる、戦時中の軍隊の消失、洋上で発見された無人の船の中に、さっきまで人がいたような形跡が――」
「待て待て待てっ!」
 あたしは立ち上がると苦笑いしながら真木の演説を止めた。
「それは殆どがフィクションだってバレちゃってるだろ?」
 真木は天井を見上げていた顔を、ゆっくりとこちらに向けた。
「そうだ。例えばある失踪事件では『そんな人たちは元からいない』という証言が出た。すると証言をした人も虚言だったと白状する」
「そうそう、あれはガッカリ……」
 あたしはそこで言葉を止めた。
 あれ? なんか似たような話を最近聞いたような……。
「『息子の腕と足が突然無くなった気がする』と通報があり、もう一度聞くと『前からそうだったかもしれない』『いや、前からそうでした』と証言が覆る。昨日の夜からこっち、そういう通報が続いており、その体が欠損した人たちは例外なく御霊桃子の動画を見ていた。通報してこない人たちは? もしかして……『消滅』した?」
「……」
「ところでフィクションと言えばアンブローズ・ビアズを知っているかね? 彼の創作とも宏観の噂の記録とも言われている作品群で失踪事件を扱った物が幾つかある。チャールズ・アシュモアの足跡なんかが有名かな? 要は特定の人物が失踪するんだが、雪なり泥なりについた足跡がふっと消えており、以降誰も見たものはいない――とくるわけだ。
 そう、足跡と言えばオリバー・レアチ事件なんてのもある。これはビアズの創作物に類似していてね、調べてみるとオリバー・レアチなんて人物は存在しなかったというオチがくる。つまりは創作に影響された虚言ということになっているんだが……これが全て事実だったとしたらどうかな?」
 あたしは椅子に戻った、というよりも腰がすとんと勝手に落ちた。
「この現象は生物体を消滅させる、というよりは存在しなかったという事にしてしまう。何故か? それは判らない。多分、自然にとってはその方が都合がいいからだと思う。
 この現象は発動する際に生物体と共に周囲の無機物も消滅させてしまう。地球を一個の生命と考えるなら、病巣を抉って治療するようなものだ。となればいつまでも穴が開いたままでは都合が悪い。かくしてしばらく後に傷口は塞がり、前とほぼ同じ状態になる。一瞬のこともあれば、時間がかかる場合もあるだろう。ともかく周囲の環境への影響が一番少ない再生方法が行われるわけだ。大変良くできた、自己治癒能力と言えるだろうな」
 真木はしかし、と眉を顰めた。
「我々のような記憶と社会性と自我を持った生物体にとっては、甚だ不自然な結果が発生するようだ。自然の一部であるから記憶自体も改変を受けるのだが、内面部分にあまりにも複雑で個体差がある所為か一定ではない。更に言えば数が多いので発生するイレギュラーの数もかなり多い。例えば、僕だ。
 そしてどうやら、このイレギュラーが関わると改変を受けるはずの情報――これ自体も我々人類がいなければ発生しない訳だから我々の一部と言えるのだけれども――ともかくそれにもイレギュラーが発生する。要は病気が感染していくようなものだ。大きい視点で見れば、いずれはあるべき姿に収まっていくのだろうけど、我々の視点で見れば不可解極まりない状況が発生してしまう」
 真木は一息つく。
「ただ、これらは繰り返すが自然界ではめったに起きない。起きないのだが、僕みたいなイレギュラー達が情報を残し、知る人ぞ知る現象として伝説や神話、怪談、都市伝説の形で語り継がれてしまうのだ。
 荒ぶる自然の恐ろしい、しかし雄大で容赦ない強大な打擲ちょうちゃく……しかし人の世というものは自然を模倣するものだ。勿論、通常は必要に駆られて模倣するものだ。
 だから、この現象が模倣されたのも、必要とされたからなんだ」
「……は? 必要って……どんな状況だよ?」
 真木は上から二冊目の本を手に取るとぱらぱらとめくり、あたしにあるページを向けた。
 そこには見開きで絵が描かれていた。
 中心には大きな家がある。江戸か鎌倉かそれとも平安か、描かれている人間が貴族っぽい長いぞろりとしたのを着ていたり烏帽子的な物を被っているから、ともかく昔だ。
 その家の裏には川が流れているようだ。岸には蛙が何匹も描かれている。家と川の境に松が一本あり、大きな枝を屋根の上まで伸ばしていた。
 家の襖は開いていて、部屋の中には服をはだけさせた髪の長い人物が寝ている。女性だろうか? 彼女はやや大きく誇張して描かれているようだ。しかし、目鼻立ちはよく判らない。何故なら黒い点が体の表面に大量に描かれているからだ。
 家の前は庭のようで、そこには大勢の人が倒れている。川の中にも人が浮いている。
 全員が同じように、黒い点が大量に体に描かれている。
「……伝染病か」
「疱瘡。いや天然痘と呼ぶべきだな。飛沫感染や接触感染する上に潜伏期間が長いので、非常に厄介な伝染病だ。致死率は高くもなく低くもなく……。
 さてある年の事だが、天然痘の脅威が時の為政者いせいしゃに迫りつつあった。隔離対策をとるも成果は芳しくない。その時、とある人物が呼ばれた。この人物は――まあこの本では修験者とも陰陽師とも言われているんだが、私にお任せくだされば病を根絶してみせましょう、とのたまった」
「怪しさ大爆発じゃないか」
「まったくだ。僕が言うのもなんだが、こんな奴を信用する人間は馬鹿だと思う。しかしまあ、そうも言ってられない事情もあった。感染者を一か所に集め、沈静化するまで隔離するという方法が使えなかった。実は自分の妻の母親、これが毒親だったらしいのだが、これも感染してしまったのだ。
 自分としてはその親を見殺しにしたい。しかし妻は優しく、毒親は妻と仲が良い。しかも重臣の一部がその毒親派で、自分の子供を思いのまま動かせる為政者にするために動いているという噂があり、対応に間違いがあれば、この先どうなるか想像もつかない……。
 とまあ政治的なあれこれがあってヨレヨレだったわけだね。で、結局その怪しげな陰陽師が全てを任された」
 あたしは溜息をついた。
「……そいつが神虫を造ったのか」
「明確には記されていないが、恐らくはそうだ。陰陽師は為政者に小さな動物が描かれた札を一枚渡し、私が良いというまで肌身離さず身に着け、物忌み――まあ、しばらく引き籠って誰の話も聞くなと言いつけた。
 で、感染者を一つの村に集め、そこに特別療養所みたいな物を作り、毒親を丸め込んで、そこにぶち込んだらしい。
 さて、陰陽師、造り上げた神虫の能力を発動させ、村丸ごとこの世から消し去った。
 物忌みから解放された為政者は驚き怒ったね。話ちげーし! 治す言うてたのに消しとるやん! ……まあ、内心喜んでいたとは思うけどね。で、陰陽師をあほんだらぁ! と牢にぶち込んだが、すぐに解き放つことになった。
 なんと件の毒親は居なかったことになっていたからだ。と、いうか自分の乳母が穏やかな性格そのままに妻の母親になっていた、というのだな。自分が夢に見た、温かい生活がいきなり降って湧いたわけだ。
 陰陽師は笑いながら為政者に――あなたの記憶は札で保たれたが、他の者は殆どが毒親を忘れている。勿論私は覚えているのだが――とあからさまなおねだりをしたのだね。
 で、まあなんやかんやで為政者はその後幸福に暮らし、陰陽師はとりたてられ権力と財産を持つ。その後も裏に表にこの秘法は陰陽師の後継者によって保持され続け、その後もたびたび使用された、らしい。近代の医術が発展するまでね」

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