黒い花

島倉大大主

第一章:朝霧未海 8

 気がつくと、未海は道路に寝そべっていた。
 目の前にあるのは、アパートの前にあるゴミボックスだ。
 その蓋がガンガンと音を立てて、開いたり閉まったりしている。手の下の道路も揺れている。目の前に停まっている、映画に出てきそうなカッコいい車も揺れている。
 どろどろと音が響いている。

 ああ、夢だ。
 また、朝と同じ夢を見ているんだ、と未海は思った。
 そうだ、ママ、ママは?
 あの、嫌な女は?
 外に出れたなのなら、ママを連れて逃げなくちゃ。
 ママ、ママ――
 髪の毛がふわりとした。
 風?
 あ、私、吸いこまれちゃうんだっけ……。
 未海はアスファルトに手を這わす。何処かに掴まる所は、何処か――
 誰かが叫んだ。
 あれを見ろ! とか何とか。
 未海は上を見た。
 息が止まった。

 あの女が、空の上にいた。

 誰かが叫ぶ。銃の音。そして、ふっと未海の手が道路から離れた。
 未海だけではない。小石が、ゴミボックスの中に残った割れた蛍光灯が、向かいの家の花壇に刺さっていたスコップが、すーっと浮き上がっていく。

 女は勝ち誇ったように笑い、手招きをしている。
 とても嫌な感じが、雨のように降ってくる。

 助けて! 誰か助けて! 麗香ちゃん! 神さま! ママ!

『未海ちゃん!』

 はっと顔を向けると、女性が未海に向かって走ってきた。
 誰かは知らない。
 だが、未海は彼女に向かって手を伸ばした。

 助けて!

 女性は未海に向かって手を伸ばしながら、右に左にとよろける。

『待ってて! 今行くから!』
 女性の手には、小さな蛙が乗っていた。

 あれ? その蛙は――未海はポケットを探る。

 途端に、額の真ん中が熱くなり始め、夢は、そして未海の意識は黒く、渦巻くように消えて行った。

 後には、塗りつぶされたような、黒だけがあった。

「黒い花」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ホラー」の人気作品

コメント

コメントを書く