転生嫌いのわたしが、異世界で死んでしまったら。

七里 七

最後の瞬間にて。



 どうして、こうなってしまったのだろう。

 悔やんだところでどうにもならない。

 今となってはもう遅い。


 熱と、舞い上がる粉塵で視界が曇った。埃っぽさからか、涙も出てきた。

 ポツリ……と、横たわったまま動かない骸の上に、水滴が落ちる。骸の顔を伝って、地面に染みをつける。

 見上げると、こぼれおちそうな曇天が塔の上に広がっていた。見上げた自分の顔に、水滴がパタパタと落ちる。つられるように、自分の頬を塩辛い水滴がつたった。

 最悪の天気だ。

 最悪の気分だ。


 死屍累々とは、俺の目の前の景色の事を言うのだろう。

 もう、息をしているものはいなかった。

 黒の塔の真下では、白い制服のなれの果てと、黒い制服の切れ端が舞っていた。


 俺が、悪いのだろうか。

 生きているのは、俺だけだから……俺が一番悪いのだろう。



 ぼんやりと思い出す。

 嫌われるのは苦手だった。悪意を向けられるのも、慣れなかった。この世界がどんなに汚れていても……自分だけは綺麗なままでいたかった。


 それは、俺の傲慢で。

 ささやかな我が儘で。


 そのツケが、回ってきたのだろうか。


『お前のせいで、あの方は……  』



 憎悪に燃えたあいつの目を思い出す。

 歪められた、端正な顔を。

 俺を見下ろして、残忍に笑ったのを思い出す。

 俺の何がそんなに追い詰めたのか……今となっては知るすべもない。



 好かれようと、努力はしてきた。敵を作らないように、ヘラヘラと……なのに。


 敵意を向けられ、切っ先を向けられ。


 自分だけが能天気に生きていたのだと、初めて気づいた……その時には、もう遅かった。
 
 

 どうして君は……俺だけ助けたのだろう。 


 骸の黒い髪を、静かに撫でた。


 一緒に死ぬのも……悪くは無いと、思っていたのに。助けてもらっても、俺はあと……一日も生きられない。

 どうせなら、一緒に死なせてほしかった。

 
 そう思っていたはずなのに、まだ生きていることに、俺は安堵している。

 もう俺を嫌うやつはいない。俺に刃物を向けるやつも……俺に好きだと言うやつもいない。

 案外……こうなることを分かっていたのかも知れなかった。

 もう、笑わない。

 悲しそうに笑うこともない。

 その事が良いことなのか、わからない。

 皆……死んだ方が幸せだったのかもしれない。やり直すのは……俺のわがままなのかもしれない。


 すぐ横に横たわった変わり果てた一つの骸を見下ろしながら、俺は砂時計をひっくり返した。



 ……そうだ。


 嫌われてもいい。
 恨まれてもいい。



 好かれようとして失うよりも、嫌われるだけで手に入れられるものならば。




 残り少ない砂が、緩やかに落ちていく。

 それは、残り少ない自分の中の何か……大切なものが無くなっていく感覚に似ていた。


 今度はうまくいくだろうか。


 俺一人が犠牲になるくらいで、この景色が変わるのなら、多少汚れようと構わない気がした。皆を助けるためならば、魔法使いは何度もやり直す。



 マーリン・ハイドリヒをとるか……レアニカ王国をとるか。答えは決まっているようなものだ。


「だから、さようなら……マーリン。」



 もう本当のお前に……会うことも無いだろう。

 塩辛い雫が、俺達の顔を濡らしていた。

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