Azurelytone 【1】~アズレリイトオン~

羽兼

009 アズレリイトオン

店内では古びているけど、
美しいレリーフが刻まれた
ジュークボックスが、
ここちよく響いている。


ルール1
「メニューはスープのみ」


ルール2
「店で流してほしい曲を選ぶ」


「この二つを聞くだけだ」


「簡単だろ?」



この店でスープをごちそうになってから、一日、また一日と親切に甘えるようになっていた。



「あっ…はい」

「でもなんで僕に説明を?」


「オーダーをとる役を
    探してたんだ…。」

「……いやでも」

「俺達は、接客が苦手でね」

「俺は、すぐに客と話し込んでしまう」

「ミヅキに至っては
   殆んどをメニューを聞き間違える…」


「(………なんで店してるんだろう?)」 

「君が来てから、1週間…」

「記憶ももどらないし、
    行くところもないだろ?」

「は…い 、おいてもらえる
    のは助かりますが…」

「よし、決まりだね」

ティンカーベルの彫刻が施されたドアが、かわいた鈴の音と共に開く。


「あっ」

「早速、お客さんだな」


有無をいわせず、レヴィンは
f にメニューを持たせた。


「あっ………い…らっしゃいま…せ」


入って来た老婆は、少し意外そうな顔をしたが、ゼンマイ仕掛けの様な f の動きをみて顔をほころばせた。 


「あら かわいい店員さんね」

「では、トマトとバジルの
    スープにしようかしら…」 

「デビューおめでとう」

メニューをきいて戻った f をレヴィンは優しく迎えた。


「彼女はうちの常連客なんだよ
    優しい方だったろ?」

「うん………ぇっと」

「注文はトマトとバジルのスープ」



「それと……音楽は
   『アズレリイトオン(碧天の調べ)』」

「ジュークボックスに曲目がなくて……」

レヴィンの表情が一瞬固まる。

「……わかった」

「俺が運ぼう…」

ミヅキが静かに応えた。

「…しかし」

ミヅキは、絶句するレヴィンの肩を叩き、厨房へ入っていく。 

「お待たせしました」

「ありがとう…」

「……………いいのか?」

「ええ……『血』にしたがうわ」

彼女は永く秘めていた感情を、力なく吐露した。 

「とうぞ…」

ミヅキがスープを差し出す。

老婆はそれを支えた…
その手の震えを止める事は
できなかった。 

老婆が皿に触れると、
その縁が紅く光る。

それは、一瞬にして
ミヅキの手のひらに
吸い込まれた。

「『血』の願いは受け取った…」

「…ゆっくりしていってくれ」 

「おいしそうね」

「……いただくわ」

胸の前で組み合わされた手は、
食事に対する感謝とは
違う祈りのために見えた。 


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