異世界列島

ノベルバユーザー291271

22.交渉の裏でⅠ

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/某所/12月中旬・某日】


 王城の一室にて日本とウォーティア両国の、国交樹立に向けた交渉が行われている頃。王国の辺境にある、とある町のとある貴族の屋敷に、六人の男たちが集まっていた。


 屋敷の主は、貴族にしては簡素な椅子に腰を下ろし、五人の男たちを見回した。


「揃いましたな」


 屋敷の主の言葉に、他の男たちはコクリと首を縦に振る。この場にいるのは全員、辺境の貴族。それも名ばかりの貴族と言えるほどに、よく言えば質素で慎ましやかな、悪く言えば貧乏な生活を送る者ばかり。


「では会合を始めましょうか」


 屋敷の主は、この辺境に領地を持つ貴族たちの纏め役なのだろう。5年程前から毎年数回開いているこの会合。その席では常に彼が進行を務めてきた。そして今日も。


 最初の議題は〝二ホン〟という国について。


 国王からの書簡によれば、その国は異界よりやって来た未知の大国で、特にこの辺り一帯で目撃された〝斑模様の羽虫〟や〝銀翼の竜〟を使役する国だと言う。


「王の書簡。果たしてその真偽の程は如何に……」


 背の高い貴族の男が誰に問うでもなく呟くと、屋敷の主は黙したまま首を横に振った。


「あれは偽り。王政府は騙されているんでしょうな」


 屋敷の主の否定の言葉に、居合わせる他の貴族たちも口々に賛同の声を上げる。


「おっしゃる通り」
「あれは世迷い事の類と違いない」
「然り、然り。王はどこの馬とも知れない蛮族の口車にまんまと乗せられているのです」
「それはもはや滑稽で仕方がありませんな。実に面白い」


 そう言って六人の貴族は笑い声を上げる。高らかな笑い声が、空疎な室内に木霊こだました。


 実のところ、彼らは誰一人として王城での歓迎晩餐会に参列していなかった。この辺境の地から王都までは馬車で8日以上かかるし、王都まで出向くには些か出費が大きい。


 それに二ヶ月後にはこの世界の暦〝聖歴〟で新年を迎える。そのときには必ず王都に向かわねばならないのだから、そのときにでも会見を願えばそれで構わない。彼らはそう考えていた。


 余談だが、聖歴というこの世界の暦は〝悪魔を追放した年〟を元年としており、その歴史的経緯から聖教を信仰していない北東諸国でも使用されている。


 ひとしきり王と王国を貶した後、彼らは日本のことはそこそこに、話題を別のものに変えた。


「しかし王政府には腹が立ちますな」


 頭の寂しい貴族の言葉に、他の貴族たちは皆一様に頷いて見せる。皆、王国政府には不満があるのだ。


 周囲の肯定を受け、声の主は俄然勢いに乗る。批判の声は止まるところを知らず、氾濫した濁流の如く溢れ出した。


「大体、先の戦争で我らの領地は大打撃を被ったのです。臣たる我らを支援するのが王の務め。年貢の軽減だけでは根本的な解決とはなりませんぞ」


 そうだ。その通りだ。という声がだけが室内を覆う。


 ここら辺境一帯は先のスラ王国との一戦の余波―――つまりは交易の停止による影響―――を最も受けた地域である。この辺境一帯は荒野と鬱蒼うっそうとした森林地帯に挟まれ、林業が盛んな地域であった。


 旧隣国モルガニアや北東諸国西部、果ては西方に至る交易路を失った今、この地域の産業は壊滅的な被害を受けている。森を開拓しようにも、その経済状況は一朝一夕いっちょういっせきで解決できる状況ではない。


 王国が各領主に課している年貢上納の軽減だけでは、これら辺境一帯の経済難に対する根本的な解決とはなっていなかったのが事実である。


 そして室内に集いし貴族たちの境遇は、多少の差こそあれ似たようなものであった。


「我らの領地の惨状を王と王政府は知っているのですかな?」
「知っていれば無視できようはずが無いのですがね」
「奴らは知っていて手を差し伸べてこない。こう言うことでしょう」


 仏頂面の貴族は、そう言って更に顔をしかめる。怨嗟えんさの声が室内を木霊した。屋敷の主はそこで思い出したかのように、「そう言えば」と声を上げる。


「軍は逃げてきた獣人共を雇用し、賃金を与えているとも聞きますな」
「それは誠ですか?!」
「家の三男の言葉です。間違いはありますまい」
「息子様はたしか近衛騎士におりましたか」


 屋敷の主の言葉の出処は、近衛騎士となった息子だった。こうなると信じない訳にはいかない。他の貴族の面々も「王政府の連中め」「北部の連中め」「獣人共が」と憤る。


 この国の軍は原則、王国が保有している。その軍が獣人を雇用するということは、上納した年貢が獣人の難民に流れているということ。そして唯でさえ悪い雇用を、獣人に奪われているということになる。


「ふざけやがって!」


 仏頂面の貴族はそう言って、机に拳を叩きつけた。これは怒り。この場に集いし六人の辺境貴族の心からの怒りであった。だが、長身の男だけは余裕の笑みを浮かべて見せる。


「皆様方。しかしこの国はもう終焉ですぞ」


 男の余裕のある言葉にほだされて、居並ぶ男たちも溜飲を下げた。


「そうですな。この国は来るべき戦で敗れる」
「大敗を喫するでしょうな。スラの軍勢の前に」


 彼らは皆、予感していた。この国はそう遠くない未来に滅亡すると。そうなったとき、助かる可能性があるのは自分たちだけだ。そう思えばこそ、怒りも自然と笑みに変わる。


「であれば……最早、この国に忠義を尽くす必要は無い。そうですね?」


 頭の寂しい貴族の言葉に、室内のすべての人間が頷いた。代表してこの辺境領主の纏め役、屋敷の主が言葉を引き継ぐ。


「しかし後戻りは出来ませんぞ?」


 脅すような言葉に、しかしこの場に集いし貴族は誰もひるむことは無かった。その目に映るのは覚悟か。それとも……。


 屋敷の主は「まあいい」と頭を振った。そして再度口を開く。


「これより我らは一蓮托生。我らの忠義を行動で示すと致しましょう」












 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/王都近郊の町アンヌ/12月24日(接触26日目)_夕刻】


「今晩はここで一泊しましょう」


 肩口で切り揃えられた短い黒髪を揺らし、ラーシャはダラクを振り返る。ラーシャが指さす先には、酒樽のイラストに北東諸国語で〝酒場 兼 宿屋〟と書かれた看板を下げた、木造三階建ての建物があった。


「ああ。そうだね。ここで良い」


 どうせ私たちの金じゃないのだから。ダラクはその言葉を飲み込んだ。


 東方遠征軍傘下、第11別動隊として通商破壊・威力偵察等の工作活動に従事してきたダラクたち。


 大人数を引き連れての作戦行動故に、このような宿屋に泊まることは極めてまれなことで、多くの場合は野営するか、襲撃した村々で夜を明かしていた。


 ……が、ここ数週間に限って言えば、怪しまれることが無いよう野営などは控え、宿をとるようにしている。


 その資金に関しては現地調達。


 魔物や獣を狩って生活費を作ることもあるが、魔物の類が少ないこの国ではあまりその収益は期待できない。足りない分は略奪で補った。


 罪悪感というものは当の昔に捨てたのか、はたまた、作戦行動中だという免罪符によってか。二人は略奪した財貨に手を付けることを厭わない。


 今この場に居るのはダラクとラーシャの二人だけ。部隊の指揮権は副官のジーンに委ね、部隊には二ホンという国の存在を本隊に伝えに行くよう指示してある。


「明日は早い。早く寝たいね」
「それよりもご飯が先です。拙者はお腹がすきました」


 ダラクとラーシャはまるで連れ添う夫婦のように、和気藹々わきあいあいと〝酒場 兼 宿屋〟の暖簾を潜った。

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