異世界列島

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16.歓迎晩餐会Ⅰ

 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/王都/迎賓館〝白磁宮〟/12月07日(接触9日目)】


 王城からほど近い森の中に、白磁宮と呼ばれる白亜の宮殿がある。


 元は、王族が保養するための離宮として建立されたものだったが、現在ではその用途を変え、諸外国の使節を遇するために使われている。


 元々、離宮であったためその周囲に建物などは無く、王都の喧騒とは無縁だ。


 日本における迎賓館は、元首等の国賓を迎える際に供されるものだが、この国ではそうとは限らない。そもそもこの世界では首脳外交というもの自体がまだ珍しい。


 そして、黒沢たち日本国使節団もまた、この白磁宮と呼ばれる迎賓館に案内された。黒沢たちはこの白磁宮に居留し、国交交渉に臨むことになったのだ。


 そんな白磁宮の四方には、王城から派遣された近衛騎士が配置されており、24時間体制で警備にあたっている。


 重装備の近衛騎士を指揮するのは、副団長のベルタ・グラーフ。金髪碧眼を持つ麗しの令嬢然とした美少女である。


 女性であるグラーフが王国最強と名高い近衛騎士団で副団長を任されているのは、ひとえに彼女の魔法の才によるところが大きい。


 次代のメイジ・マギローアと噂される彼女の魔法の腕は、宮廷魔導官ガル・ガノフも認めるものであり、マギローア本人からも魔導大隊に勧誘されていた。


 そんな彼女が直接指揮を執ることになったのだから、近衛騎士団も昨日の失態を挽回しようと躍起なのだろう。


 そんな迎賓館〝白磁宮〟の一室。


 高価な調度品や西洋風の甲冑に彩られたその部屋で、黒沢は一人机仕事に勤しんでいた。時を忘れ没頭する黒沢に、副使である吉田の声が降り注ぐ。


「―――大使」


 黒沢が顔を上げると、黒の上衣に身を包み、拝絹と呼ばれるサテンを剣襟に付けた吉田が苦笑交じりの表情を浮かべていた。


 吉田の服装は夜の正礼装たる燕尾服ホワイト・タイ。あの有名なノーベル賞の授賞式で、受賞者が身に纏っているものを想像すれば分かりやすい。それが背格好の良い吉田には、妙に似合っていた。


「おや、吉田君……いつの間に?」


 間の抜けた黒沢の言葉に、吉田は腕時計を指で叩いた。


「そろそろ準備をしませんと……」
「もうそんな時間かい?」


 黒沢は怪訝な表情を浮かべ、自身の腕時計に視線を落とした。時計の長針と短針は、時が既に5時を回っていることを知らせている。


 今晩は王城において、国王主催の歓迎晩餐会が開かれることになっていた。


 無論、主賓は黒沢たち日本国使節団だ。後一時間もすれば王城から迎えの竜車がやって来る。


「本当だね。まだ明るいから気付かなかったよ」
「それはそうですが」


 黒沢の言葉に、吉田は適当に相槌を打つ。


 かつて冬の午後5時ともなれば日が落ちていてもおかしくは無かった。だが、この世界では午後6時を過ぎないと暗くはならない。


 自転周期が長いからだとか、地軸の傾きが異なるからだとか。理由は様々だ。


「この部屋にも大きな時計が必要だよ」


 黒沢は老眼鏡を外し、目頭を揉みほぐすと、長時間の机仕事で凝り固まった背を伸ばした。


「では準備をするとしようかな」
「ええ。そうしてください」


 吉田に急かされ、黒沢はそそくさと着替えに向かう。


 一時間後。


 護衛の近衛騎士に守られた5台の立派な竜車が到着した。


 竜車は漆喰によって黒く塗装されており、重厚感を感じさせる。車体は魔道具の照明を反射して美しく輝いていた。


 余談だが、脚竜は狂暴かつ俊敏である。故に調教するのは非常に難しく、希少価値も高い。


 どれだけの竜車を保有しているか。と言うこと自体が王侯貴族の富と力の差を表す。


「お迎えに上がりました。閣下」


 騎士の男の一人。恐らくこの中で最も階級の高いのであろう男がそう言って一礼する。彼はロゲール・オリヴァーと名乗った。聞けば、南部辺境オリヴァー三等爵家の出らしい。


 オリヴァー家は日本領・東岸地域と国境を接する南部辺境を治める零細貴族。スラ王国の進軍の煽りをもろに受け、没落止む無しの状況にあった。


「王城までお世話になりますよ」


 黒沢が先頭の竜車に乗り込むと、吉田もそれに続いた。相馬を始めとする他の使節団メンバーもそれ以外の竜車に分乗する。


 全員が乗ったのを確認し、竜車はゆっくりと移動を開始した。


 ただし、山田一曹だけは白磁宮にお留守番である。日本側の情報を得ようと王国が動く可能性を否定できないからだ。














 ♢
【同国/王城/大広間/同日_夜】


 王城内で最大の広さを誇る大広間。そこは晩餐会の招待客と思しき貴族で溢れていた。


 急な催しということもあり、出席できたのは王城勤めの法衣貴族や王都近郊の地方貴族が殆どだ。しかし、中には遠方から駆け付けた地方貴族の姿もあった。


 赤絨毯が敷き詰められた広間には、複数の円形テーブルが並べられ、上座側には国王の座る玉座も用意されている。


 壁際の長テーブルには王城に仕える料理人が腕を振るった数多の料理が所狭しと並び、メイドたちは慌ただしく広間を駆け回る。


 ところで、宮中晩餐会と言えば、純白のテーブルクロスの敷かれた長テーブル。席に腰を下ろしてゆっくりと―――というイメージだが、ウォーティア王国では、こと外交の場においては立食形式の晩餐会が一般的だ。


 互いに相手のことをより深く知り合えるからだと言われている。


 黒沢たちが大広間に足を踏み入れると、会場内の視線が一気に集まった。しかし貴族たちは異国風の装いをした使節団を、遠巻きに眺めるだけである。


 それもそのはず。


 今日の主賓は聞き見知った国などではなく、「二ホン」とか言う聞いたことのない、得体の知れない国の使節なのだから。


 特に地方貴族―――所謂いわゆる、領主―――はそもそも、「二ホン」という国の存在すら数日前に知らされたばかりであった。


 日本について知っていることといえば、「新種の魔物か?!」と巷を騒がせていた斑模様の羽虫や銀翼の竜の所有者だったらしい。ということくらいのものだ。


 にも拘らず、これだけの貴族が集まったのは興味本位故のもの。


 国中が騒ぐほどの「魔物」を使役する異世界からやって来た国。国賓級の持て成しという異例の好待遇を受ける「ニホン」という国に興味のない者はいない。


 が、やはり最初に声をかけるのは躊躇われた。


 黒沢は所在なさげにウェルカムドリンクの銀杯を回す。銀杯は毒殺を防ぐためのもので、中世期欧州の貴族たちは銀食器を愛用していたという。


「クロサワ閣下」


 そこでようやく声がかかった。視線を向けるとロイド型眼鏡をかけた銀髪の男が数人の貴族を連れている。全員、昼の謁見の場に居合わせた者たちである。


「これは、モリアン外務卿」


 黒沢が反応を示すと、モリアンは顔を綻ばせた。


「閣下に名前を覚えていただけたとは光栄です」


 ロイド・モリアン外務卿。これから始まる国交交渉において、実務的な話を纏めるキーパーソンだ。黒沢が名前を憶えていないはずが無かった。


「とんでもない。謁見の席でお見掛けしましたが、直接お話するのは初めてですね」
「そうですね。これからの交渉、宜しくお願いします よ」


 モリアンの差し出した右手を、黒沢は力強く握りしめた。


「ええ。両国の最善を探りましょう」


 モリアンに続くように、その他の面々も順に挨拶を済ませる。


 ストローク将軍に、ヤード副将軍。ブラウス財務卿に、ウィスキー法務卿、ガノフ宮廷魔導官など。


 皆、王前会議に出席するような王国の重鎮ばかりだ。


 挨拶を済ませた頃、「アキラ殿」と黒沢を呼ぶ聞き知った声が耳に届いた。


 この国で黒沢のことを姓ではなく名前で呼ぶ人を、黒沢は一人しか知らない。振り返ると黒沢が思った通り、そこにはポーティア爵グランが笑顔で立っていた。

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