異世界列島

ノベルバユーザー291271

05.交易と外貨

<a href="//24182.mitemin.net/i311822/" target="_blank"><img src="//24182.mitemin.net/userpageimage/viewimagebig/icode/i311822/" alt="挿絵(By みてみん)" border="0"></a>


 ♢


 大陸側から広がるなだらかな丘陵が、断崖絶壁を超えて海側に突き出したような独特な地形。


 海側から見れば断崖の裂け目に広がる緩やかな坂にしか見えず、大陸側から見れば断崖の傍に広がる丘陵地帯にしか見えないこの場所に、最初に街ができたのは今から1000年以上も昔のことだ。


 小さな村から始まったこの街の歴史。


 この街の歴史を語るなら、ウォーティア王国建国前、東イース帝国時代よりもさらに前、遥か昔に栄えたイース帝国時代にまで遡らねばならない。


 天然の良港を持つことから海上交易の拠点として整備され、やがて豊かな都市となり、ウォーティア王国建国後は大貴族ポーティア爵のお膝元として発展を続けてきた。


 そんなこの街に、突如、鉄の艦隊を率いてやってきた異世界の国―――日本。


 後の世の歴史家は言う。


 このときの両者の接触が、この街にさらなる発展と栄華をもたらす起爆剤になった……と。












 ♢
【中央大陸/ウォーティア王国/領都・港町ポーティア/港湾商業地区/12月02日(接触4日目)_午前】


 港町ポーティアに護衛艦〝いせ〟とその随伴艦4隻からなる艦隊が到来してから早くも3日。初日は一時混乱したものの娯楽の少ないこの世界の住民にとって、護衛艦見物は最高の娯楽となっていた。


 ―――どうやらニッポンとか二ホンとか言う国の艦隊らしい。
 ―――どうも彼の艦隊は我々を攻撃する意図はないようだ。


 そんな噂が市井の間に広まるにつれ、恐れをなす者は減っていき、逆に「見物に行こう」と言う民衆が増えた。


 商魂逞しい商人たちはこの商機を逃すまいと初日から出店でみせを出していたが、時間が経つにつれさらに多くの商人がこの港湾商業地区に集ってくる。すると、さらに多くの見物客がやって来る。


 そして今では―――護衛艦の艦隊は港町ポーティアを形成する風景の一部として、そこに存在していた。市井の民の間では、この護衛艦たちを〝鉄の巨艦〟と呼んでいた。


 街の住民がこの光景にも慣れ始めたこの日、港湾商業地区に激震が走る。


 護衛艦〝いせ〟の甲板から一斉にヘリが飛び立ったのだ。輸送ヘリコプターCH-47JAチヌーク2機―――斑模様の羽虫2羽・・―――が。


「おい、見ろ!鉄の巨艦から例の羽虫がこっちに向かって飛び立ったぞ!!」
「戦争が始まったらしいぞ!」
「まじかよ……そりゃ、やばいだろ」
「ここにはすぐに二ホン兵がやって来る、上へ上へ逃げるんだ」


 そんなものだから港の周囲は大混乱。やれ見物だ、やれ商売だ、と集まっていた群衆が、蜘蛛の子を散らすように離散した。


 しかし、それは彼らの誤解であり、有体に言えば勘違いであった。実際、〝いせ〟の甲板からCH-47JAチヌークが飛び立ったのは事実であるが、それは侵略の意図を持ったものではない。


 ポーティア爵は街の混乱を抑えるため、取り立てられた元平民や貴族の子弟らで構成される〝騎士〟を動員した。もっとも、この無用の混乱はポーティア爵のせいでもある。


 彼は日本と王国の仲介という忙しさの中で、日本側から事前に相談されていた話を市井に向けて触れていなかった。


 その話とは、日本が本国より持ち込んだ積み荷の売却―――。


 この2日間、ポーティア爵と黒沢は再三に渡って会談の席を持った。その中で、黒沢はこの国で活動する資金を調達するため日本からいくらかの品を持ち込んでいることを話したのだ。


 日本はすでに闇ルートを通じて、この国の通貨を一定程度は手にしている。だが、それはあくまで闇ルートで手に入れたもの。今後、外交交渉を行っていく中で出どころ不明の貨幣をバンバン使うわけにもいかない。


 そこで正規にこの国の通貨を手に入れる必要があった。まだ通貨レートの交渉や、交易の話も纏まっていないのではあるが、外交交渉をする上でもこの国の通貨は必要である。


 そこで黒沢は〝交易の許可〟と〝交易における租税免除〟を申し入れた。後者は、ポーティア爵が利益の大部分を持ち去ることを防ぐための布石である。ちなみに、近世的中央集権が確立されつつあるこの国でもポーティア爵とクレム爵だけは交易を自由に行える。


 ポーティア爵は日本という国がどれほどの技術を持っているのかすでに痛いほど分かっていた。そこで、黒沢に提案する。


 ―――我が領と直接交易してもらえないだろうか?


 そのポーティア爵の提案は日本にとっても渡りに船。右も左も分からないこの国で、信頼できる商会とのコネクションを一から構築するのは中々に骨だ。もっとも、ゆくゆくは独自の交易網を構築する必要もあろうが、それは今優先すべきことではない。今優先すべきは迅速な外貨獲得である。


 ―――喜んでその提案を受けさせていただこう。


 そして今日、その積み荷が陸揚げされる手筈になっていた。自衛隊の手によって。


 動員された騎士は、声を張り上げる。


「二ホンは我が領との交易品を陸揚げしているのである」
「戦争は起こらない!平静を取り戻せ」
「落ち着いて行動するように」


 騎士の言葉に、この混乱はすぐに納まった。そしてまた、民衆は物見遊山に戻り、商人は商売を再開する。その変わり様たるや凄まじく、ポーティア爵はもちろん混乱を聞いた黒沢たちも呆れるほどであった。ウォーティア人は、ポーティアの民は、力強く逞しいのだ。












 ♢
【同地区/波止場/12月02日(接触4日目)_正午過ぎ】


「んー潮風が気持ちいなぁ」


 相馬が鼻一杯に空気を吸い込むと、海から吹く風に乗った潮の香が、彼の鼻孔の奥を刺激した。彼と並んで立つ瀬戸も、相馬の言葉に頷く。


「そうですねー。自分、磯の香って結構、好きなんですよ」
「そうなの?」
「はい。自分、奄美大島の出身で、海は小さい頃から遊び場でしたから」
「そりゃ初耳だな」


 相馬と瀬戸は雑談を交わしながら、眼前に広がる大洋とその沖合に停泊する巨艦〝いせ〟を眺めていた。


 〝いせ〟の甲板からは輸送ヘリCH-47JAチヌークが爆音を、両舷からは〝11m作業艇〟が水飛沫を上げ、港に向かってひた走る。


 港に設けられた着陸地点と桟橋にそれぞれの積み荷を陸揚げすると、それらは再び〝いせ〟に舞い戻って積み荷を積載する。先ほどからこの繰り返しであった。


「しかし地道な作業ですね」
「あぁ、ほんとに」
「港の深さがあれば良かったんですけどね……」
「足りないもんなぁ」


 相馬と瀬戸はそう口々に言う。ここポーティアの港はこの国の小さな帆船が泊まるには十分な水深があるのだが、〝いせ〟を始めとする護衛艦が入港するにはあまりにも浅すぎた。


 故に、ヘリと作業艇を用いて〝いせ〟に積載された積み荷を陸揚げしている。もちろん、この国に地球産の病原体を持ち込む訳にはいかないので、しっかりと防疫が行われた上での陸揚げだ。


 ちなみにだが、相馬たちがこの国の土を初めて踏んだ際も、この国に疫病を持ち込むことがないよう政府から注意が促されていた。


 例えば、排泄物は持ち込んだ簡易トイレにするだとか、現地人と性交渉しないだとか、日本産の食品を現地に持ち込まないだとか。


 また、入国の際には殺菌処理を施すことも義務付けられており、「衛生状態の芳しくないウォーティア王国に入国するのにわざわざ殺菌なんて」と瀬戸がぼやいたこともある。


 相馬と瀬戸が積み荷を陸揚げする作業を見ていると、背後から声がかかった。


「相馬さん」


 相馬が振り返ると、そこには見覚えのある顔が三人分。


「これは皆さん。どうかされましたか?」


 経済産業省の新山にいやま大輔だいすけ、農林水産省の江藤えとう文香ふみか


 そして、相馬に声をかけたのが財務省の財部たからべ一成かずなり。財務省の若き官僚である彼もまた、今回派遣された特別使節団の一員である。


 経済産業省や農林水産省に比べて今回の派遣にあまり関係のない財務省の官僚がこの場にいるのは、彼の所属である財務省が、異世界利権確保のために人事に首を突っ込んだからであると専らの噂だ。


 財部はコームで固めたそのオールバックの黒髪を、手で撫でるように掻き揚げて言う。


「これから積み荷を捌くので通訳をお願いできますか?」
「まだ全て陸揚げされていませんが、よろしいのですか?」
「えぇ、城の財務官が興奮して鬱陶しいので。先に揚がったものから捌こうかと」
「鬱陶しいってそれは失礼ですよ」


 相馬がそう言って苦笑すると、財部は「これは私としたことが」と両手を挙げた。 


「あまり悪びれた素振りには見えませんね」
「まったくだ」


 江藤と新山の指摘を受けてもなお、財部は悪びれた素振りなど微塵も感じさせない口調で「反省してますよ?これでも」とおどけて見せる。


 相馬たちは苦笑して、財務官と黒沢が待つ集積場に足を運んだ。


 相馬たちが集積場となっている港の一角に着くと、すでに財務官は何やら積み荷を役人に検品させていた。黒沢は苦笑を浮かべ財務官の奇行・・を眺めていた。


「おお、相馬くん」


 相馬に気付いた黒沢はほっと胸をなで下ろす。


「通訳を頼むよ」
「分かりました……が、これはなんとも」


 相馬は口には出さないが、先ほどの財部の言葉に共感した。相馬が財務官に目を向けると、彼は相馬たちの姿に気が付かないほどに興奮した様子で、〝洋紙〟の匂いを嗅いでいた。


「ふんふん、これはなんとも上質な」


 この国でも〝紙〟は作られてはいるのだが、製紙技術と原材料の違いから現代の紙ほど上質な紙は作られていない。また、紙の保存性の低さから、貴族階級では〝羊皮紙〟が重用されている。


「さて……んん!?これはなんだ」


 財務官は今度は包装された大量のボールペンを持ち上げる。この世界にボールペンはまだない。


「ボールペンという筆記具ですよ、財務官」


 相馬の声に、財務官は振り返る。ここでようやく相馬たちの姿に気付いたようだ。


「筆記具ですか?」
「ええ」


 相馬はそう言って、洋紙を一枚とり、手持ちのボールペンで洋紙にサラサラと筆を走らせる。財務官は「ほう」と声を上げ、見入っていた。


「素晴らしい!是非とも我が部署にも導入したいですね!」


 その他にも、いくつかの品が陸揚げされたが、それらはどれも国民生活に影響を及ぼさないような品に限定された。もちろん、食品や飲料、酒類などは持ち込んでいない。それは前述の理由以外に、防疫の観点によるものでもある。


 また、この国の実情を鑑み自動車や機械類も持ち込んでいない。石油や電気がないからだ。ただし、時計や電卓などは持ち込んだ。


 この国家貿易ともいうべき外貨獲得は〝外地法〟に基づいて行われた。文明の存在を把握していた政府がこのことを見越して、外地との一切の接触は政府が行うと定めていたのが幸いした形だ。


 また、この交易によって日本は莫大な資金を手に入れる。


 それは、この国の産業に与える影響を最小限に抑えようと、ある程度の高値での売却を提示したからだ。


 中世・近世レベルの政治体制をもつこの世界では、まだ紙やインクが貴重品であり、それなりに高値で取引されているだろうとの予想は、茂木ら潜入班による市場調査で「確かにそうだ」と裏付けられていた。


 しかし、日本政府の予想よりも日本から持ち込まれた品は遥かに高額で取引されることになり、ポーティア爵領の財政は他領がうらやむほど潤うこととなった。

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