異世界列島

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04.転移後の国内Ⅲ

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【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/会議室/転移1日目_10:00】


 日本に異変が起こった当日の午前中。首相官邸の会議室に急遽きゅうきょ、有識者会議が設置された。


 有識者会議とは、各界を代表する学識経験者や実務経験者などで構成される会議のことで、主として国・地方自治体などの諮問機関として設置される。


 今回秘密裏に設置された有識者会議には、物理学・天文学・法学など各専門分野に明るい大学教授や研究者、それに各省庁OBなど多くの有識者が集められ、政府の資料を基に様々な角度から意見をぶつけ合った。


「政府はこのように考えているようですが」
「そんな馬鹿げた話があるかね?」
「そうだ。誰だこんな非科学的な話を始めた者は」
「いや、そうは言っても他に説明しようがありませんよ」
「待て待て結論を急ぐな」


 荒れに荒れた会議は、その日の夜遅くまで続いた。


 当初、政府見解を真っ向から批難していた有識者たちも、その頃になると政府見解に一定の理解と同意を示し始める。


 そして会議終盤には多くの有識者が〝列島転移説〟肯定派に回った。












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【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/危機管理センター/緊急災害対策本部/転移1日目_14:00】


 列島転移という異常事態に際し、日本政府の初動は比較的早かった。


 列島転移当日の午後には「災害対策基本法」(105条)に基づく「災害緊急事態の布告」が藤原首相によって行われた。


 そして、同法107条に基づいて藤原を本部長とする〝緊急災害対策本部〟が首相官邸・危機管理センター内に設置される。


「災害緊急事態の布告」は先の震災を含め、これまでに一度も発せられたことがなく、今回が初の布告である。


 列島転移説の正否が不明の状態にもかかわらず、史上初の「災害緊急事態の布告」が発せられたのは言うまでもなく、政府が事態の深刻性を重く見た結果である。


 列島転移を置いても、通信障害や交通障害、またそれに伴う経済金融の混乱など全国規模の実害が生じているのは事実であり、国民の混乱も勘案すればそれだけでも十分に大災害足り得るとの判断だ。


 そうして第一回会議が始まった―――。


「有識者会議の結果はまだ出ておりませんが時間がありません。この会議では列島転移説に基づいた議論をお願いします」


 藤原はそう切り出し、居並ぶ閣僚や担当者を一瞥する。各閣僚らは黙って頷くと、各自順に報告を始めた。


「110番の回線がパンクしそうですが、それを除けば今のところ関連した目立った事件は起きておりません。ただ、海外の邦人の安否は当然ながら不明です。公安からは以上です」
「各国の大使館には調査中であると回答していますが……外務省への情報提供圧力がかかっています」
「防衛省としては在日米軍やアメリカ大使館と協調姿勢を保って事に当たっている。GPS衛星やら情報収集衛星やらが使えなくて不便はしているようだが、日本の領海・領空の守りに今のところすきはない」


 各関係省庁の対応や現状の説明が順に淡々と述べられていく。しかし国交省や経産省、農水省のパートでは会議室のあちこちから質問が飛んだ。


「国内に乗り入れる全ての航空会社には飛行自粛と混乱を避けるための情報規制への協力を様々な方法で要請し、既に承諾を得ております。しかし、陸地が消えたとの情報が漏れるのも時間の問題でしょう」


 牧田まきた国土交通大臣はそう言って、年齢を重ねるごとに広くなった額に浮かぶ大粒の汗を、自身の上着の袖で拭った。


「海上交通に関してはどうなっているんですか?」
「えー、それに関しましてもなんとか調査中とごまかしていますが遅かれ早かれ……やはり早いうちに列島転移を公表すべきかと思いますが」


 ――—そして経産省。もり経済産業大臣は黒縁眼鏡を外し、事務次官から手渡された資料に視線を落とす。


「今回の事態によって引き起こされる経済や工業への影響は計り知れません。天文学的な損失が見込まれます」


 彼の発言にも質問が飛ぶ。


「経済は言わずもがな、工業の方は日本一国では無理があるでしょう?」
「……鉄に関しては製品の輸出分を国内に回せば、理論的には都市鉱山のリサイクルだけで二年は持ちます。電力も国内の炭鉱をフル稼働させれば二年分確保できます。石油に関しても官民合わせて約一八五日分の備蓄がありますので、石油業界と協力し民間向けを制限すれば一年近くはもつのではないかと」


 出席者らは担当者から配られた手元の資料に視線を落とし、森の話に耳を傾ける。そして、時間の猶予が無いことを改めて痛感した。


「一年か……事態を打開するには短すぎるな」
「えぇ。しかし最も心配なのはリンです。リンは農業に利用されていますが、二か月持つかどうかという量しか備蓄してないため、今後、農業生産はますます厳しい状況に立たされるでしょう」
「「「……」」」


 森の発言に多くの者が顔を上げた。輸入が全面的に停止するのだ。現在のカロリーベース食料自給率は約40%。


 これでも心もとないにもかかわらずリンの不足で農業がやられたら……。そう考えると工業や経済・金融の心配をしている場合ではないと、誰もが思った。人間、何はともあれ食べなければ生きていけないのだから。


「新技術開発に予算を回すか、新たに発見された大陸に活路を見出すか……いずれにせよ、このまま手をこまねいていたら現代文明は一年もすれば滅びます。以上です」


 次いで発言した関口せきぐち農林水産大臣は、絶望的な状況に追い打ちをかけるかの如く、農業生産の先行きを悲観的に報告した。そして短期的な食糧不足への解決策を提案する。


「〝国民生活安定緊急措置法〟を使って強権的に買占め規制を行い、加えて農業向けのリンや農薬の確保を優先的に進めるしかないかと」


 会議に参加する閣僚らは「短期的にはそれしかない」と相槌を打つ。


 こうして会議は続いていく。この日は、会議に次ぐ会議が霞が関や永田町で相次いで開かれた。そうして翌日の朝を迎えたのである。












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【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/会議室/転移2日目_10:00】


 有識者会議二日目―――。


「それでは今回の事態は〝異世界もしくは他の惑星に日本列島が転移した〟と言うことで結論付けて問題ありませんか?」


 議長の発言に会議に出席するほとんどの有識者は黙って首を縦に振る。


 しかし、現象の科学的な立証は当然ながら時間的・技術的に不十分であり、到底受け入れられないと反発する者も多かった。


 宇宙物理学者で国立古都大学の内藤ないとう准教授もその一人である。若干三〇歳にして准教授にまでなった彼は、科学的な視点から考察する能力に長けていた。


 彼は手元の資料を再度パラっと読み返し、頭に痛みを感じていたがその痛みが何かは分からなかった。話を蒸し返すのに少しの抵抗を感じながらも、内藤は挙手をして発言する。


「あの……結論付けるのは早急すぎやしませんか?」


 会議室に居並ぶメンバーの注目が集まる中、内藤は続ける。


「確かに、皆様の話はどれも理路整然としていて一見の価値があるなと思いました。しかしこのようなこと科学的に考えてみればありえないでしょう……」


 懐疑的な姿勢を見せる内藤だが、彼も正直に言えば事実の羅列られつが意味するところを理解していた。だからこそ、自身の科学的な批判の心と、現に起こっている事実との間の齟齬そごに頭痛を感じたのかもしれない。


 内藤の発言に、すかさず他の学者からの反論が飛んだ。声を上げたのは素粒子物理学者で国立東都大学教授の仙崎せんざき教授である。仙崎教授は今年で五五歳になる研究畑の人間で、長らく平行世界に関する研究を行ってきた。


「内藤教授の話は分かるんだが……物理学的な可能性は捨てきれないんじゃないかなぁ。平行世界とは別の概念ではあるけどねぇ」


 仙崎は「それに」と話を続ける。


「いくら荒唐無稽こうとうむけいでも、事実から合理的に導いた仮定こそ科学的じゃぁないかな?〝完全にありえないことを取り除けば、残ったものはいかにありそうにないことでも事実に間違いない〟」
「ホームズですか?」
「少し意味は異なるかもしれないけど……私はもっとも合理的な仮定だと思うよ」
「……」


 内藤は仙崎の言葉に反論することができなかった。先ほどまで正当だと考えていた自分の発言が、よっぽど非科学的な発言であるように思えたのからだ。


 内藤は「それもそうですね」と渋々引きさがる。


 結局、有識者会議は政府見解として提示されていた〝列島転移説〟を肯定する答申を行った。


 しかしながら時間的制約が大きく、結論ありきな会議の進行に疑問を抱く有識者も多かったことは間違いない。

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