異世界列島
05.混乱と暴動Ⅰ
♢
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/記者会見場/転移3日目_8:05】
首相官邸に設置された記者会見場は、早朝であるにもかかわらずいつにない熱気に包まれていた。
というのも、政府からマスコミ各社に対して、あらかじめ「重大発表」が行われると予告されていたからだ。
「まもなく総理が入られます」
担当者の声が熱気に包まれた会見場に響いた。
多くのマスコミが構えるカメラの前に姿を見せたのは疲れを感じさせる藤原総理。新聞や週刊誌のカメラは一斉にフラッシュをたき、テレビ局のカメラは藤原の姿を映像に捉えた。
深く一礼して演壇に登った藤原は、集まった報道陣を見回し口を開く。
「この度は朝早くにお集まりいただきまして誠に恐縮であります。急遽、会見を開いたのは―――」
予定時刻より数分遅れて始まった政府会見。この会見の模様は地上波に乗って日本中に報道された。
そのあまりに信じがたい会見の内容に、初めは懐疑的な目を向けていた人々も、次第にその発表を事実として受け入れる。
この会見では、〝日本列島が異世界、もしくは他の惑星に飛ばされた可能性がある〟〝新たな大陸が見つかった〟という二つの事実だけが告げられ、大陸に存在する文明の痕跡については伏せられた。
既に巷では、「日本が異世界に転移したのではないか?」との憶測もワイドショーや週刊誌などで出始めていたため、結果的に〝列島転移説〟を公表したことはタイミングとして合格であったと言える。
その後行われた記者質問では、日本が「異世界もしくは他の惑星」に転移したという前提に立った質問が目立った。
「総理、先ほど日本が転移したとおっしゃりましたが、仮にそれが事実だとすれば地理的にはどの範囲が転移に巻き込まれたのでしょうか?」
「確認できている限りでは最東端の南鳥島や最南端の沖ノ鳥島を含め、日本が現に実効支配する日本国の領土のすべてであります。海洋調査や海底の地形調査は目下継続中です」
「……と言うと北方領土や竹島は含まれていないのですか?」
「現段階では北方領土などの転移は確認されておりません」
普段は政府に批判的なメディアや、あら捜しに夢中なメディアも事情が事情だけに、この時ばかりは大人しく質問を行った。
ちなみに、政府は「異世界もしくは他の惑星」を「異世界」という呼称に統一して発表し、マスメディアもそれを引用する形で異世界に転移したと報道した。これが後の「列島転移災害」、通称、転災である。
また、この日の列島転移公表に合わせ、緊急災害対策本部の正式名称が「列島転移災害対策本部」に変更された。
♢
【日本国/転移3日目】
政府発表の直後、スーパーやコンビニなどの小売店は悲鳴を上げていた。
日本が異世界に転移した―――。
そうなれば食料はどうなるのか?日用品は?ガソリンは?
人々はそう考えるに至り、我先にと買占めに走ったのだ。
まず近所のコンビニの棚から商品が消え、次いでスーパー、ショッピングモールの棚からも商品が消えた。
また、各地のガソリンスタンドには長蛇の列ができガソリンの確保にも余念がない。
一部地域では強盗まがいの事件も起きたと言われており、特に外国人観光客らによる略奪が目立った。
旅行やビジネスで一時的に日本を訪れていた外国人には帰る家も、十分な資金もないのだから。
そして、各国の大使館には事実確認や保護を求める外国人の群衆が詰めかけ、大使館前は怒号と悲鳴が響く修羅場と化していた。
この時点で、日本に在留していた外国人は一時滞在者から長期滞在者までを含めおおよそ235万人。その多くは永住者などであったが、旅行やビジネスで偶然日本を訪れていた人にとってみればたまったものじゃない。
その後、旅行で一時的に訪日していた中国系外国人グループが暴徒化し、安保闘争以来の暴動が首都、東京のど真ん中で起こり、それは暴徒と警視庁機動隊の衝突にまで発展する。
しかし政府は〝買占め”や〝暴動″が起きることを当然予見していた。
その為に関係機関の官僚は家に帰る暇もなく中央官庁に缶詰めであったし、政府首脳は中夜を徹して会議を行ったきたのだ。一説には「霞が関で明かりのついていない部屋は物置ぐらいだ」とも言われている。
そして政府は、霞が関の役人や閣僚たちの睡眠不足の代償である様々な政策を即座に打ち出した。そのどれもが強権的な政策であった。
しかし藤原内閣は異世界転移の不安から、〝安定的な政権〟、〝強力なリーダーシップ〟を期待した国民の、直近世論調査における支持率7割超という圧倒的な支持を背景に、これらの政策を次々と実行に移していく。
――—食料品やガソリンなどの買占めに対する対策。
これには「買占め等防止法」「国民生活安定緊急措置法」を用いた政策を展開した。具体的には、「買占め等防止法」を根拠とする、
 ・買占め是正勧告の発令。
 ・食料品・日用品・ガソリンなどの特定生活関連物資への指定。
「国民生活安定緊急措置法」を根拠とする、
・特定生活関連物資の譲渡・譲り受け制限。
・適正価格での物資の販売指導。
・一人当たりの適正量を定める割り当ての実施。
※ただし、資本主義を破壊しないよう配慮。
これらの政策は人々の物資の買占めを防止し、物資が不当な高騰を抑えるだけでなく、貴賤を問わず人々に平等に物資がいきわたるようにすることを目的としていた。
それは、いくらお金を持っていようが、あらかじめ政府に決められた量を超える物資の購入は出来ないことを意味する。
――—今後の食糧不足へ向けての対策。
これも、「国民生活安定緊急措置法」を根拠に様々な対策が打ち出された。具体的には、
 ・苗や肥料などの生産資材の確保。
 ・芋類などの熱量効率の高い作物への転換
 ・既存農地以外の農地への転用の推奨。
これらの政策は政府発表の当日午後から実行に移された。当初は小売業界や石油業界、農業協同組合などの反発も予想されたこれらの政策だが、彼らはこの異常事態に政府への協力を確約する。結果、政府は比較的スムーズに政策を実行することができたのである。
しかし金融対策は今後の課題として残った。東証を始め全国の取引所で全銘柄の取引が停止して3日。金融界では、政府会見の影響を受けさらなる混乱が起きていた。
投資家や資本家の多くが海外資本を失ったことを宣告されたばかりか、いつ再開されるか分からない金融市場に危機感を募らせていたのである。
また、すでに引き出しを制限していた銀行にも多くの国民が押し寄せ、「押すな」「倒すな」の大混乱に銀行員も頭を抱えた。
結局、政府はこの事態を打破するため、特別措置法の整備に着手せざるをえず、霞が関の官公庁街ではその後も官僚たちの悲鳴が連日連夜、聞こえてきたと言う。
一方、終息の兆しを見せない東京での暴動は、翌日以降には全国の地方都市にまで広がった。一向に終息の兆しを見せないどころか拡大し続ける暴動に対し、地方公共団体からは国に対策を求める声が上がり始める。
――—その週の週末。
政府は自衛隊の治安出動を閣議決定した。自衛隊に実際に治安出動が命じられたのは戦後初の出来事であり、それは後に〝戦後初の治安出動〟として教科書に名を残す、重大な歴史的出来事であった。
【日本国/東京都千代田区永田町/首相官邸/記者会見場/転移3日目_8:05】
首相官邸に設置された記者会見場は、早朝であるにもかかわらずいつにない熱気に包まれていた。
というのも、政府からマスコミ各社に対して、あらかじめ「重大発表」が行われると予告されていたからだ。
「まもなく総理が入られます」
担当者の声が熱気に包まれた会見場に響いた。
多くのマスコミが構えるカメラの前に姿を見せたのは疲れを感じさせる藤原総理。新聞や週刊誌のカメラは一斉にフラッシュをたき、テレビ局のカメラは藤原の姿を映像に捉えた。
深く一礼して演壇に登った藤原は、集まった報道陣を見回し口を開く。
「この度は朝早くにお集まりいただきまして誠に恐縮であります。急遽、会見を開いたのは―――」
予定時刻より数分遅れて始まった政府会見。この会見の模様は地上波に乗って日本中に報道された。
そのあまりに信じがたい会見の内容に、初めは懐疑的な目を向けていた人々も、次第にその発表を事実として受け入れる。
この会見では、〝日本列島が異世界、もしくは他の惑星に飛ばされた可能性がある〟〝新たな大陸が見つかった〟という二つの事実だけが告げられ、大陸に存在する文明の痕跡については伏せられた。
既に巷では、「日本が異世界に転移したのではないか?」との憶測もワイドショーや週刊誌などで出始めていたため、結果的に〝列島転移説〟を公表したことはタイミングとして合格であったと言える。
その後行われた記者質問では、日本が「異世界もしくは他の惑星」に転移したという前提に立った質問が目立った。
「総理、先ほど日本が転移したとおっしゃりましたが、仮にそれが事実だとすれば地理的にはどの範囲が転移に巻き込まれたのでしょうか?」
「確認できている限りでは最東端の南鳥島や最南端の沖ノ鳥島を含め、日本が現に実効支配する日本国の領土のすべてであります。海洋調査や海底の地形調査は目下継続中です」
「……と言うと北方領土や竹島は含まれていないのですか?」
「現段階では北方領土などの転移は確認されておりません」
普段は政府に批判的なメディアや、あら捜しに夢中なメディアも事情が事情だけに、この時ばかりは大人しく質問を行った。
ちなみに、政府は「異世界もしくは他の惑星」を「異世界」という呼称に統一して発表し、マスメディアもそれを引用する形で異世界に転移したと報道した。これが後の「列島転移災害」、通称、転災である。
また、この日の列島転移公表に合わせ、緊急災害対策本部の正式名称が「列島転移災害対策本部」に変更された。
♢
【日本国/転移3日目】
政府発表の直後、スーパーやコンビニなどの小売店は悲鳴を上げていた。
日本が異世界に転移した―――。
そうなれば食料はどうなるのか?日用品は?ガソリンは?
人々はそう考えるに至り、我先にと買占めに走ったのだ。
まず近所のコンビニの棚から商品が消え、次いでスーパー、ショッピングモールの棚からも商品が消えた。
また、各地のガソリンスタンドには長蛇の列ができガソリンの確保にも余念がない。
一部地域では強盗まがいの事件も起きたと言われており、特に外国人観光客らによる略奪が目立った。
旅行やビジネスで一時的に日本を訪れていた外国人には帰る家も、十分な資金もないのだから。
そして、各国の大使館には事実確認や保護を求める外国人の群衆が詰めかけ、大使館前は怒号と悲鳴が響く修羅場と化していた。
この時点で、日本に在留していた外国人は一時滞在者から長期滞在者までを含めおおよそ235万人。その多くは永住者などであったが、旅行やビジネスで偶然日本を訪れていた人にとってみればたまったものじゃない。
その後、旅行で一時的に訪日していた中国系外国人グループが暴徒化し、安保闘争以来の暴動が首都、東京のど真ん中で起こり、それは暴徒と警視庁機動隊の衝突にまで発展する。
しかし政府は〝買占め”や〝暴動″が起きることを当然予見していた。
その為に関係機関の官僚は家に帰る暇もなく中央官庁に缶詰めであったし、政府首脳は中夜を徹して会議を行ったきたのだ。一説には「霞が関で明かりのついていない部屋は物置ぐらいだ」とも言われている。
そして政府は、霞が関の役人や閣僚たちの睡眠不足の代償である様々な政策を即座に打ち出した。そのどれもが強権的な政策であった。
しかし藤原内閣は異世界転移の不安から、〝安定的な政権〟、〝強力なリーダーシップ〟を期待した国民の、直近世論調査における支持率7割超という圧倒的な支持を背景に、これらの政策を次々と実行に移していく。
――—食料品やガソリンなどの買占めに対する対策。
これには「買占め等防止法」「国民生活安定緊急措置法」を用いた政策を展開した。具体的には、「買占め等防止法」を根拠とする、
 ・買占め是正勧告の発令。
 ・食料品・日用品・ガソリンなどの特定生活関連物資への指定。
「国民生活安定緊急措置法」を根拠とする、
・特定生活関連物資の譲渡・譲り受け制限。
・適正価格での物資の販売指導。
・一人当たりの適正量を定める割り当ての実施。
※ただし、資本主義を破壊しないよう配慮。
これらの政策は人々の物資の買占めを防止し、物資が不当な高騰を抑えるだけでなく、貴賤を問わず人々に平等に物資がいきわたるようにすることを目的としていた。
それは、いくらお金を持っていようが、あらかじめ政府に決められた量を超える物資の購入は出来ないことを意味する。
――—今後の食糧不足へ向けての対策。
これも、「国民生活安定緊急措置法」を根拠に様々な対策が打ち出された。具体的には、
 ・苗や肥料などの生産資材の確保。
 ・芋類などの熱量効率の高い作物への転換
 ・既存農地以外の農地への転用の推奨。
これらの政策は政府発表の当日午後から実行に移された。当初は小売業界や石油業界、農業協同組合などの反発も予想されたこれらの政策だが、彼らはこの異常事態に政府への協力を確約する。結果、政府は比較的スムーズに政策を実行することができたのである。
しかし金融対策は今後の課題として残った。東証を始め全国の取引所で全銘柄の取引が停止して3日。金融界では、政府会見の影響を受けさらなる混乱が起きていた。
投資家や資本家の多くが海外資本を失ったことを宣告されたばかりか、いつ再開されるか分からない金融市場に危機感を募らせていたのである。
また、すでに引き出しを制限していた銀行にも多くの国民が押し寄せ、「押すな」「倒すな」の大混乱に銀行員も頭を抱えた。
結局、政府はこの事態を打破するため、特別措置法の整備に着手せざるをえず、霞が関の官公庁街ではその後も官僚たちの悲鳴が連日連夜、聞こえてきたと言う。
一方、終息の兆しを見せない東京での暴動は、翌日以降には全国の地方都市にまで広がった。一向に終息の兆しを見せないどころか拡大し続ける暴動に対し、地方公共団体からは国に対策を求める声が上がり始める。
――—その週の週末。
政府は自衛隊の治安出動を閣議決定した。自衛隊に実際に治安出動が命じられたのは戦後初の出来事であり、それは後に〝戦後初の治安出動〟として教科書に名を残す、重大な歴史的出来事であった。
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