契約の森 精霊の瞳を持つ者
6.
「イズナー!ねぇ、これちょっとお願いできる?」
レノは自分の家に帰ってきて早々、ばたばたと家の中をせわしくなく行ったり来たりしていた。
窓の外では夕陽が村中をオレンジ色に染め上げている。レノの作業スピードはどんどんと上がっていた。
水の精霊のちからと、エントの薬のおかげですっかりと傷は治ったけれど、本来ならば、急にいつものような生活には戻れない。
イズナはレノに何度もそう言って聞かせて、少しずつ体を慣らすようにと今朝、釘を刺したばかりだ。けれど今のレノを見ると、そんなことは心配なさそうに、ばたばたと動いている。
「ウッドエルフって……」
そう言いかけている間に、レノはイズナに荷物を渡す。グリフの鞄と同じものだけれど、グリフの物ではないのはイズナにはすぐに分かる。
「ユミルさんに渡してもらえる?」
レノはそう言うと今度はキッチンに向かい、鍋の様子を見たかと思うと野菜を切り始め、そうこうしている間に、村の者が様子を見にきては、話ながら作業を進める。
話すことは朝からみんな同じだ。グレイス・コダと仲間達が明日旅に出ること、シアンとタカオが今日戻ること、今日の夕飯の話、それから話はどんどんずれてゆき、そしてはじめに戻る。その中でイズナは1人で呟く。
「グリフの荷物じゃない……」
明日旅に出る者の荷物は、ユミルが全て準備を進めている。もちろんそこにタカオの荷物がないということは誰もが知っている。
「これってタカオの荷物……帰るための……?」
イズナはそう考えはじめていたものの、先ほどレノが準備していた料理を思い出すと、疑問はどうでもよくなってしまう。
村中がそわそわした空気が漂って、またお祭りでもはじまりそうだ。
実際、今日の夕食はユミルの家の庭で、ほとんどお祭りのようになるだろう。近くの庭でも同じようにテーブルが出され、準備が始まっているし、ボートの準備を始める者達もいる。
ユミルの家に着くと、やはり庭に出すテーブルやランプ、テーブルクロスや食器が準備され、手伝いにきた者達が行ったり来たりしている。
その中でユミルを探し出すと、イズナは挨拶もせずに荷物を渡す。
「はい。頼まれもの」
ユミルはイズナが持ってくるとは思っていなかったようで、少しうろたえていた。
「誰にも見られてない?」
ユミルのその行動と質問にイズナは首を傾ける。
「誰ともすれ違わなかったけど」
イズナはそう言うと、じっとユミルを見つめた。イズナの不審そうな視線に気がつくと、ユミルは我に返ったのか、いつものように微笑む。
「タカオの荷物を誰かに見られたらいけないの?」
イズナがそう聞くと、ユミルはちらりとまわりを確認してから、声をひそめて話す。
「村の中は噂で持ちきりでしょう?タカオさんが旅に行けないって。これ以上、変な噂になってほしくないのよ」
イズナは一歩、ユミルに近づいて顔を覗き込む。
「噂って、旅に行けなくなったタカオがふてくされて、精霊様のところで寝泊まりしてるってこと?」
ユミルはゆっくりと頷きながら歩きだし、家の中に移動する。
「ええ。そういう色々な噂話のこと。噂話って根拠もないことでも、本当のことのように広まっていくでしょう?」
「本当にふてくされてるんだと思ってた」
ユミルは困ったように笑って、タカオの荷物を棚の中にしまった。
「お茶でも飲んでいきなさい」
その言葉で、やはりイズナは、ユミルとレノの秘密のことはどうでもよくなってしまう。
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