契約の森 精霊の瞳を持つ者

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30.

 タカオが2階に消えたあと、どんよりとした空気が1階の廊下を支配していた。そんな中、勢いよく扉が開かれ眩しい光が射し込む。そして光はすぐに消えた。光が消えたのは扉が閉まったからではなかった。


「適任者を連れてきたぞー」


 そう言うトッシュの後ろには、扉全てを覆ってしまうほどの体をもつユミルがいたのだ。


「適任者……?」


 イズナのその疑問を吹き飛ばすように、ユミルは部屋のあちこちを見渡したかと思うと、テキパキと仕事に取り掛かりながら指示を出す。


「イズナ、あなたはダイニングをお願い。グリフは他の部屋も荒らされてないか見て」


 箒を奪われ、2人はユミルの指示に従う。ユミルが指揮をとるなら、逆らってはならない。仕事を終わらせたいなら、それが1番だということを2人は思い出していた。


 イズナはダイニングを片付けに行き、グリフは扉という扉を全て開けて、問題がないかをチェックする。廊下に接する部屋は、レッドキャップに荒らされた様子はなかった。


 けれどひとつだけ、グリフには気になる部屋があった。暖炉の火が消えた、ソファーのある部屋。そのソファーに、小さな木の箱が置いてある。グリフは扉を閉めて、ゆっくりとソファーに近づく。


 その木の箱には、この森では手に入らない独特な紐が結ばれている。グリフは恐る恐るその箱に手を伸ばす。箱は軽い。紐が外された痕跡はなかった。


「どこでこれを……」


 グリフはそう呟いて、何かに気がついたように上を見上げる。それはタカオがいる方向だった。


「グリフ?」


 気がつけばイズナが扉を開けて呼んでいた。グリフはとっさにその箱を隠してイズナに振り返る。イズナはグリフの異変に気がつき、探るように尋ねた。


「何か……あった?」


 グリフは箱を後手に持ったまま、いつもの無表情で返事をする。


「いや、何も」


 イズナは見極めようとするけれど、後ろでユミルの声に邪魔されて断念した。


「ユミルさんが、いても邪魔だから屋根の修理をしろって。あの2人はあてにならないから、先行ってる」


 イズナはそれだけ言うと、ユミルに追い立てられながら2階へと向かう。イズナの軽快な足音が響く。グリフは箱から赤い紐を外すと、箱の中身も見ずに元の場所に置く。そしてその紐をポケットにしまった。


 廊下へ出ると、高速で作業をするユミルの姿があった。確かに、ここにいたら邪魔にしかならないだろう。そっと後ろを通ると、ユミルは仕事をしながら、優しい声でグリフを止めた。


「グリフ。あんたはもう、決断をしなきゃいけないね」


 ユミルを見れば、その顔は笑っているけれど悲しそうだ。


「どうすべきか迷ったら、王子ならどうするかを考えてみればいい」


 グリフはポケットの中にしまいこんだ紐をきつく掴んで、ぼそりと返事をする。


「あの人のやることが全部、正しいわけじゃない」


 グリフは自分の考えを変えるつもりはなかった。それだけ言うと、グリフも階段を上がっていく。


「あんたよりも、ずっと優しいのは確かだよ」


 ユミルの最後に言った言葉はグリフに聞こえていたけれど、足を止めることはなかった。



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