契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

29.

 タカオは2階へ上がり、廊下を進む。足は勢いよく床を踏み鳴らす。屋根裏のはしごに足をかけた時には、後悔が押し寄せていた。


「最悪だ」


 タカオはそう言って、はしごにもたれかかってうなだれた。なんて大人気ないことをしたのだろうと思うと、自分が最低な奴に思える。振り返って下へ向かう階段をみつめ、どうしたらいいのか分からず、結局屋根裏に続くはしごを登ることにした。




 前に屋根裏に来た時は、ライルを追いかけてきた時だった。あの時はまだ、この服が王子のものだとは知らずにいた。ライルが最後に渡そうとしていた紫色の箱は結局受けとらなかったけれど、あれには一体何が入っているのか、今では少し気になってもいた。


 はしごを登りきると、山高く積まれた荷物の間の通りから光が差し込んで眩しい。横を向けば、天井から四角い光が落ちてきて、そこにもはしごがある。屋根に出られそうだと、今度はそれを登る。コダが屋根を修理している音は一切聞こえないことを不思議に思いながら。


 光が差し込むはしごを登ると、屋根に出た。赤煉瓦の敷き詰められた屋根には、コダがうたた寝をしている。


「おい」


 さすがにタカオも呆れて、不機嫌そうに声をかける。コダはその声に驚き、ビクリとし、ものすごい勢いで声の方向をみる。どちらかといえば、その顔のほうがよほど恐い顔だった。


 屋根裏から顔だけを出したタカオを見ると、コダは安心した声をだす。


「なんだ、お前か」


 そしてまた、目を閉じて眠ろうとする。


「グリフだと思ったのか?」


 タカオはふざけてそう言ったけれど、コダは静かに返事をした。


「いや……別の奴だ」


 その別の奴のことなら、誰だか分かる気がした。聞きたくはなくても、つい口が動く。


「……王子か」


 コダは静かに目を開けると、何も答えなかった。タカオは屋根に上がってコダのそばに行く。


「それで、何をどう修理するんだ?トッシュさんがコダを手伝えって言ってたけど」


「さぁ、それが分かってたらもうやってる」


 コダはそう言って再び目を閉じる。


「見たところ、壊されたのは、さっきコダが壊した部分だけだと思うけどな」


 そう言ってコダの腹の上にそのかけらを置く。


「へぇ、それなら、なんの支障もないな」


 コダは腹の上に乗った屋根の一部を掴むと、目は閉じたまま、向かいの森へと投げ捨てた。タカオはぽかんとしたまま、そのかけらを見守っていた。


「あとでトッシュさんに怒られるぞ」


「バレればな。それに、もう子供じゃないんだ。トッシュがなんだ」


 それもそうだと、タカオは無意味な事を言ってしまったと思った。それなら、コダが恐れる存在なんているのだろうか。


「で、もしかして、俺を説得しにきたのか?」


 コダはにやりとしてそう聞いた。


「さっき言っただろう。屋根の修理に来ただけだ」


 タカオは不安定にぐらぐらとしながら立ち上がり、何をすればいいのかを探している。


「まぁ、はっきりグリフに断られたんなら、俺に頼んでも意味ないもんな」


 グリフ達が1階を片付けていると知っているコダは、すでにタカオが断られていることが前提で話をする。実際にそうだったせいで、タカオは何も言い返せなかった。
タカオは屋根を見渡しながら、話を変える。


「そんなことより、ユミルさんの家でのことだけど、ジェフにはちゃんと説明してやってくれないか。俺はともかく、ジェフは一緒に旅を続けるんだし、本人が知りたいなら……」


「お前に言われなくても分かってる」


 コダはタカオの言葉を遮ると、突然起き出した。タカオはコダを責めるつもりはなかったけれど、1人だけ何も知らずに旅をするなんてジェフが可哀想だった。


「今まで言えないくらい、酷いことだったんだな」


 コダは森の向こうを見つめていた。その方向はサーカス墓場だ。けれど見つめているのは、もっとずっと先だった。


「助けられなかった者達が多すぎた。俺達は結局、大切な者達を守れなかったから」


 コダはそこまで言うと、微かに笑う。


「もう帰る奴にこんなこと話しても意味ないが、ジェフが知りたいと思っているなら、説明する。王都でな。見るほうが早い。何が起こったか」


 タカオは深呼吸して、一気に息を吐き出す。清々しい森の香りがすぐそこにある。


「正直言うと、頼んでもダメだと思ってた」


 コダの意外な答えに、少し安心したタカオは心地良い風に吹かれて、鼻歌でも口ずさみそうだった。けれど、コダの声は暗く、重たい。


「ああ、本当は言うべきじゃない。全て話したら、ジェフが耐えられるかは分からないからな。下手をしたら戻るって言いだすかもしれない。まぁ、王都まで行けば、あとは進むしかないが」


 コダは鋭い目つきをしてそう話す。それを聞いて、タカオは自分が思っていたことよりも物事は深刻で、取り返しのつかない方向へ向かっているような気がして仕方がなかった。


「……冗談だよな?ジェフが耐えられないかもって一体何なんだ」


 コダはタカオに振り返り、口を開きかける。けれどそれは大きなため息に変わった。


「それを今言えたら、苦労しないと思わないか」


ーー確かに。


 100年前に一体何が起きたのか、タカオも気になり始めていたけれど、これ以上は聞けない雰囲気が漂っていた。

「契約の森 精霊の瞳を持つ者」を読んでいる人はこの作品も読んでいます

「ファンタジー」の人気作品

コメント

コメントを書く