契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

10.

 ライルは息をするのも忘れ、目を見開き大声をあげた。


「シアン!!」


 その声は夜の森によく響き、小さな背中はびくりとした。 


 ライルは力いっぱいボートを漕ぎ、あるところまでくると落ちるように水に飛び込んで、その中を進んだ。シアも水に飛び込んでライルの後を追う。


 それでもシアンは、ライル達に背を向けたままだった。


「無事でよかった!タカオさんが連れてきた!レノ!シアンは無事だ!ああ、なんてことだ!」


 ライルは震える足で走り、シアンを抱きしめた。シアも息を切らせて、怒って泣きながらシアンに抱きつく。


「このバカ!あんな状況で村に知らせに行こうなんてバカなの!?死んじゃったと思ったじゃない!もうっ」


 レノはユミルに運ばれ、やっと船を降りたところだった。自分の足で駆け出して、この手で抱きしめたいけれど、レノはまだ、自由に動けるほどは回復していなかった。


 無理をすれば傷口が開いてしまう。ユミルの家を出るとき、イズナに何度も注意を受けていた。レノは目に涙をためて、それがこぼれ落ちないように何度も夜空を見上げる。


「レノ、すぐにシアンの元に連れて行きますからね」


 ユミルは優しくそう話かける。


「泣くのを我慢することなんてないのに」


 イズナは不思議そうに、ユミルに抱えられているレノにそう言った。


「子供達の前では泣けないわ。私はあの子達の母親だもの」


 レノは震える声でそう言って、ユミルに抱えられながら、その服をぎゅっと握りしめていた。


 シアンはライルに抱きしめられても、シアがどんなに泣いても、身動きひとつとらなかった。手はだらりとし、肩は情けないほどさがり、シアンの雰囲気はまるで変わってしまっていた。ライルが真っ先にそれに気がついて、いつものようにシアンの頭をそっと撫でる。


「どうした?……ああ!疲れてるよな?すぐに休もう。いま家はあれだけど、ユミルさんの家に少しの間厄介になるから」


 ライルの明るい声とは反対に、シアンはうつむいたまま、暗く沈んだ声でぼそりと言った。


「僕、村へは戻れない」


 その声は力なく、どこか別人の声のようにあたりに響いた。


「何言ってるんだ?戻れないって……」


 ライルの困惑した声にシアも気がつき、シアンの顔を覗き込むと、息を飲んだ。


「タカオさんは、村に戻れって。戻ってから決めればいいって。村はもう生まれ変わったって言うんだ。でも、そんなの信じられなくて」


 シアンはもう泣いていた。ライルはシアンの肩を掴むと体を向けさせる。その光景に、ユミルでさえも動きを止めていた。


「僕が戻ったら、よく思わない者達もいるよ。争いになるのは嫌だ。父さんと母さんとシアを、巻き込みたくないんだ」


 シアンは泣きながら、ライルにそう訴えていた。涙が頬を伝う。黄金の瞳から落ちる涙は光を放つように輝いていた。シアンの左目はタカオと同じに、黄金の光を放っていたのだ。


「シアンが、精霊様の瞳を宿すなんて……」


 シアはそう言うと、首から下げていた石を掴む。やはりまた、石からは風が生まれていた。



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