契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

6.

 ライルは素早くグリフとコダの元へと行く。


「グリフ、タカオさんを置いてきたって、一体……さっきの戦いで何があったんだ」


 グリフは村の入り口を睨み続ける。


「戦いの途中でシルフが現れて、オーガを倒し、暴走した」


 それを聞くと、ライルは納得したように大きく頷いた。


「あの風はやはりシルフが……」


 けれどその声は悲しげに響く。あの禍々しい風のことを思い出すと、以前のシルフとはもう違うのだということを目の当たりにした気分だった。


「シルフを止めるために、アルが……犠牲になったんだ」


ライルは眉間に皺を寄せて夜空を見上げる。澄み切った空に星が輝き、そこにはアルの姿が見えるわけもなかった。


 ライルは先ほどから大人しいコダに視線を向ける。


「グレイス……なんて言ったらいいか」


 ライルは言葉を探すようにコダに近づき、その肩を掴む。コダはぼそりと、小さく答えただけだった。


「犠牲になんか、なるような奴じゃない」


 コダのその声は、暗闇の水の上に這うように漂う。


「そうだな。あいつはそんな奴じゃないよな」


 ライルはコダの肩を力強く掴んだまま、そう言うことしかできなかった。


 ライルはそっとコダから離れると、再び村の入り口に視線を戻した。


 村の者達もルースから話を聞き事情を知っていた。彼らも静かに村の入り口を見守る。その中で、ジェフとルースがいたるところから余ったランプを運んでは灯りをつける。


「ジェフ、ルース?何をやってるんだ」


 トッシュも事情を聞き駆けつけると、彼らの不思議な行動に首を傾げる。


「ちょっとでも明るければ、目印になるかと思って!」


 ジェフは明るくそう答えると、ため息をつく。


「タカオって、なーんか抜けてるんだよね」


「それ分かる」


 シアも現れると、ジェフの言葉に頷く。


「俺も」


 ルースも大きく頷いた。トッシュはそのやりとりを見て、グリフとコダの背中を力強く叩いた。


「子供に心配されるような人なのか?」


 2人は迷惑そうにトッシュに振り返る。「ああ」そう揃って返事をした。その隣では、シアがグリフとライルの隙間に入り込んでいた。


「ママとイズナには、私から説明してきた。ユミルさんにもね。色んなことが起こりすぎて、みんなうっかりしてたの。まさか、お兄ちゃんがついてきてないなんて!」


 シアは首を振ってため息をついた。ライルはグリフにも、コダにも村の者達にも聞こえるように、大きな声を出していた。


「あの人のことだ!すぐに戻るさ!ウェンディーネも守ってくれているから、心配することはない」


 村の多くの者達はその言葉を信じて安心していた。けれど、コダやグリフには、ウェンディーネに力が戻るには時間がかかると知っていた。あれだけの戦いをして、平気なはずがなかった。現に、村に戻ってもウェンディーネは姿を現さない。


「じき戻る。待つしかない」


 グリフはぼそりと呟き、それにはコダも夜空を見上げた。


「帰りを待つのは嫌いだ。どうしたって戻らない奴のことを思い出す」


 コダはそう言うと、うつむいて水面を覗き込む。


「グレイス、精霊は戻りつつある。何もかも諦めるには、まだ早い」


 コダが見上げると、グリフは相変わらず村の入り口を睨んでいた。そこには、不安げな様子は少しもなかった。


「信じてるんだな、あいつのこと」


 コダはそう言いながら、『あいつ』が、一体誰のことなのか、自分自身でも分からなくなっていた。

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