契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

52.

 弱り切ったオーガに、タカオは水の刃を向けた。決意は刃を向けた今でも固まらなかった。


 それでも剣はオーガの心臓を貫き、その下にある床にも向かった。床の下には、巨大な地下を支える柱がある。それにも剣の力は伝わっていた。柱には微かにヒビが入ると、あとは大きな亀裂となって伝わっていく。タカオにはそんなことはどうでもよかった。


 今、目の前で生きているはずのオーガの心臓を貫いた感覚だけが、一生消えない気がしていた。この罪悪感は、自分の良心を支えるために存在していた。それに気がつくと、タカオはもう、自分が人間という生き物ではないような気がしてならなかった。ならば一体何者だろうか。エルフでもない。森の住人でもない。


「村を襲うとか、再生できるなんてことも、嘘だ」


 タカオはぽつりとオーガにそう言った。
 オーガは微かに笑う。


「俺がついた嘘はそれだけだ」


「どうして、こんなこと……。これじゃあまるで、闇の者に立ち向かわせるように仕向けてる」


 柱はついに崩れ始めていた。床は波打って崩れていく。タカオのいる場所は柱が下から潰れていき、他の床より下がっていた。


「あの光をみてから、あんたが古い知り合いに思えてならなかったよ。……償いにもならないことは分かってる。自分達が何をしたかも。過ちだと知りながら、正すことはできなかった」


 床は崩れ始めて、地下の水路に瓦礫が落ちる音が響く。オーガは自分の心臓に刺さった剣を抜くと、それをタカオに押し付け、その勢いでタカオを突き飛ばした。タカオはもう床のなくなった空中へ投げ出される。


「……もう行け、崩れ……」


 オーガの言葉の途中で、柱はついに粉々に砕けた。突き飛ばされたタカオは、柱が砕け、オーガごと、床は地下へと落下していくのをはっきりと見ていた。


 まだ崩れていなかった床も、ついには一斉に割れる。崩れた床がタカオの背後に滑りこむ。このままではオーガと同じように瓦礫に埋もれてしまうだろう。


 タカオは何度自分に嫌悪したかも分からない。涙が流れても、拭うこともできなかった。背後の壁にまるで乗るように足をつけると、力を入れて飛び上がる。


「もう故郷に帰ることは叶わない。森の住人になれるはずもない俺たちに、生き延びる道が他にあったとは思えない」


 オーガの呟きはまだ聞こえていた。


「あいつは、今の俺になんて言うだろうな。理想の世界を夢見たあの馬鹿な男は……あいつに謝れたなら……」


 なんとか水を動かし、足場をつくる。落ちてくる瓦礫を水の壁で防ぎ、くぐり抜ける。くぐり抜けては足場を作る。まるで階段を駆け上がるように走った。ウェンディーネに操られていた時よりも、力は自由に使えていた。


 タカオが安全なところまで来ると、廃墟は大きな音を響かせて、地下へと落ちていくところだった。オーガの体も瓦礫に紛れながら落ちていき、その声もついに聞こえなくなった。

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