契約の森 精霊の瞳を持つ者
36.
体は思うようには動かない。水路をやっとのことで進み、小川に出ると何故か水かさは増し、その波に飲み込まれてしまった。
小川から這い出ても、体はもう動かすこともできずに強張り震える。少年は息も絶え絶えに呟いた。
「これなら、水の中のほうがマシだった……」
けれど小川はもう跡形もなく、微かな水の筋が残るだけだ。思えば、小川の水は少しも冷たくはなかった。不思議なことに息継ぎの心配もなかった。
そのせいで、自分はもしや死んだのではないかと恐ろしくなり、少年は水から慌てて逃げるように這い出たのだ。這い出たところで歩くこともできずに、その場でうずくまる。やっと自分が生きていると知り、けれどそれはもう長くないということを覚悟した。
もう一歩だって動けない。夜の森は静まり返り、冷たい空気が少年の体を余計に弱らせる。
「もしかして、さっきのは精霊様が……」
あの水の温かさや、水の中でも呼吸ができたことを考えると、そう思わずにはいられなかった。少年は震えながら、仰向けに倒れるように寝転ぶ。体の力は全て失われた。それでも、その顔は晴れ晴れとしていた。
「それなら、きっと精霊様が村を守ってくれる。これで大丈夫だ。シア、父さん、母さん」
少年は自分の最後をこの場に決めて、もう二度とは会えない家族へ祈りを捧げていた。
「水の精霊様、どうか森の者達をお守りください。風の精霊様、どうか、この森の闇をその風で、吹き飛ばしてください。どうか……ご加護を」
少年の足元では、微かな水の流れが横にのび、まるで少年の居場所を探しているかのようだった。けれどあと少し、少年には届かなかった。少年が目を閉じると、ほんの微かに、どこかで音楽が奏でられていた。鷹の鳴く声も近づいている。
少年はもう一度目を開けようとして、それがもう叶わないと知った。
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