契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

28.

 タカオは最初から、言い訳だと知っていた。


ーーあんな化け物にはかなわない。


 けれど、サラの時はどうだったか、ウェンディーネに向かって行った時はどうだったか。今では思い出せないでいる。


ーーいいや、何も考えていなかっただけだ。


 タカオはそう思いながら、グリフが止める声を聞いていた。サラが森の家で暴走した時、グリフは大きな剣でサラに立ち向かった。背を低くして、まるで飛ぶように走った。


 コダは、ウェンディーネの湖でタカオをかばうように前に出た。あの時、2人とも恐怖は少しだってなかったのだろうか。


 タカオは自分が震えていることに気がついていた。恐怖や、怒りが混ざりながらも、引き返すことはできない。いつかの、彼らの背中を追いかけるように走っていた。


 それに、ここで引き返したとして、シアやルースや子供達はどうなるのか。レッドキャップがアジトを別の場所へと変えれば、助け出すことはより困難になる。引かなければならない時もある。けれど、タカオはコダが言ったことを自分に向けていた。


「まだ、やれることはある」


 最善を尽くさずに、後ろは向けない。タカオの瞳が月の光に反射して、黄金の瞳はより輝いた。レッドキャップは向かってくるタカオをみて、鼻で笑う。


「そういうのは、無謀って言うんだ。お前がさっき言ったろう。それにその目、気に入らねぇ」


 タカオの瞳を見ると、レッドキャップはあの余裕の顔をやめた。身体中の血管が浮き出し、力を最大限まで引き出そうとしている。レッドキャップは大きな体をより大きくした。


「お前のことは聞いてる。精霊の呪いを受けし者」


 タカオはレッドキャップの言葉に疑問を持つ時間すらなかった。レッドキャップは言い終わる前に行動していた。岩のような拳がタカオに向かう。先ほどコダが殴り飛ばされたように、それを受ければタカオは助からないだろう。


 地面についた足に力が入る。レッドキャップが攻撃を仕掛ける前の、風を切るずっと前の音、筋肉が軋む音、ボロボロの服の擦れる音はレッドキャップの動きを伝えた。


 タカオは自分でも驚くほど、レッドキャップの動きを予測することができていた。避けた一瞬後、地面には強烈な攻撃が当たり、床が割れる。見れば、衝撃音と砂埃が大きく舞う。割れた箇所は石がずれて隆起していた。


ーー何度かあれが続けば、床は抜け落ちそうだ。


 レッドキャップの攻撃を避けながら、タカオはそんな事を静かに考えていた。

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