契約の森 精霊の瞳を持つ者

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27.

 コダは拳に力を入れてレッドキャップに殴りかかる。やはり風の力は生まれなかった。殴りかかりながら、グリフとタカオに怒鳴っていた。


「うるせえ!逃げたら、立ち向かえなくなるだろう!」


 コダは大声を響かせたまま、あの大きなレッドキャップを再び殴る。何度も殴り、蹴り、また殴る。けれどコダの攻撃は少しも効きはしない。音が吸収されるように、攻撃の音は静かに消えていった。レッドキャップは嘲笑う。


「こりゃあ、恐ろしいなぁ!こんな痒いことされちゃあ、手加減てものが分からなくなる。ああ、恐ろしいなあ」


 そう言った直後、コダはレッドキャップの大きな岩のような拳で体を打たれ、吹き飛ばされ、壁に激突した。タカオは何が起こったのか分からずに、砂埃の舞う壁を見つめていた。壁は衝撃でヒビが入り、崩れた壁が落ちていく。その中で、コダはその壁と共にずり落ちる。


 放っておけば壁の下敷きになるだろう。タカオはようやくそれを理解して、名前を呼びながらコダの元へと行き、やっとのことで崩れた壁から引っ張り出す。


 コダは呻き声をあげて倒れたままだ。あのコダが、たった1度殴られただけで倒れてしまうほど、大きなレッドキャップとは力の差があることをタカオは思い知る。


「こんな無謀なこと……あの化け物に勝てるわけない。いったん引いてライルさんとユミルさんを呼ぼう」


 タカオはコダが動けるかを確認しようとしたけれど、意識と感覚が繋がっていないコダは、自分の体を自由に動かせる状態ではなかった。コダは顔をしかめながらも、怯えた表情のタカオを見つめた。


「逃げて、お前は本当に次、立ち向かえるのか?」


 コダの声はかすれながら、何度か途切れたもののはっきりと聞こえた。タカオは何も言えずに息を飲んだ。コダは全身の力を使ってタカオの腕を掴む。体はまだ自由に動かせないはずだった。掴んだ腕は震えながら、それでも何かにあらがうように、手の力は消えなかった。


「俺たちは、逃げ延びた者達だ。あの時ああすればよかった、なんて、もう二度と口にしたくない。逃げたきゃ逃げろ。だが俺は、最善も尽くさずに逃げるわけにはいかない……!」


 コダは息をするのも辛いのか、その言葉の後は顔を歪めた。タカオとコダとのやりとりの後ろでは、グリフとレッドキャップが戦っていた。


 タカオが振り向いた時には、タカオのすぐ横をグリフが投げ飛ばされたところだった。幸い、グリフは受け身をとり、軽い怪我ですんでいるようだ。


「グリフ、コダを見ててくれ」


 タカオはそう言うと立ち上がり、レッドキャップへ顔を向ける。レッドキャップは相変わらず余裕の笑みを消さない。いつでも始末できると思っている。そして、まるで退屈しのぎのようにこの状況を楽しんでいた。


「まさか、あいつと戦うつもりか?……おい、グレイス。お前、変なことを吹き込んだんじゃないだろうな」


 グリフは瀕死のコダの肩を掴み揺すっている。


「グリフ、コダの言うとおりだ」


その言葉の次の瞬間には、タカオは走りだしていた。

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