契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

5.

ーーどうしてウッドエルフなんだ。


 タカオは声に出さずに、その疑問を繰り返し心の中で呟いていた。


「奴隷にするつもりだろうな」


 まるで答えるようにグリフがぽつりと言うと、コダもそれに頷いた。タカオはその言葉に歩く速度が遅くなる。今聞いた言葉を理解するのに、時間が必要だった。グリフは構わずに歩き続ける。


「奴隷って……どうして」


 タカオがどんなにその理由を考えても、分かるはずはなかった。グリフは少しうつむきながらそれに答えた。


「ウッドエルフは長い時間をかけて成長する。大人になるには何千年もかかるんだ。その間子供なら、扱いやすいだろう。ねじ伏せるのも、考え方すらも変えられる」


 コダもグリフの後を追うように歩き続けた。もう2人ともタカオを追い越していた。コダはタカオに振り返る。


「何千年も奴隷として生きて、大人になって力があっても、彼らはもう逃げ出すこともできない。そう聞いたことがある。そんなことは昔からずっとだ」


 タカオは立ち止まったままうつむいた。でなければ、自分を抑えられそうもなかった。


「シアもシアンも、奴隷にするために連れ去られたってことなんだな」


 暗闇の中でタカオの声が静かに響いた。
 グリフは振り返ると、相変わらずの無表情だった。


「レッドキャップが奴隷を欲しがってるなんて聞いたことがない。でも、ウッドエルフを捕まえたがっているのなら、それは奴隷にするために決まってる」


 タカオには分からないことだらけだ。


「どうしてそんなに、冷静でいられるんだ?」


 この森の過去、グリフやコダがどうしてそんなことに詳しいのかも不思議だった。


 奴隷がどういうものなのか、タカオは想像すらできない。それでも、この森の住人達が森を奪われ、子供を奪われ、自由も奪われていることくらいは分かった。


「この森は平和な時代から、裏ではそんなことが普通だった。抵抗したり逃げ出そうとすれば、殺される。騒がれたら厄介だからな……だから、奴らに見つからないように」


 グリフの喋る声が、タカオには遠のいていくように感じた。


ーー命を、道具として扱うのか。


 そう思うと、シアの顔が浮かんだ。レノによく似て、太陽みたいに笑うシア。写真の中のシアン。壁に飾られた、幸せな家族の写真がタカオの脳裏に鮮明に蘇っていた。


 玄関に広がるレノの血、ライルのうろたえた顔。すべてが一気に駆け巡った。


 グリフの言葉は、タカオの大声でかき消されてしまった。それは、遠くの森にまで響くような大声だった。




「ふざけるな!!そんなこと……俺が許さん!!!」




 タカオは自分でも、おかしなことを言っていることに気がついていた。この森の住人でもない、人間である自分が、何を言っているのか。許そうが許さまいが、関係なくその事実は存在している。


 そんなことは分かっていた。けれど、自分の中にある黒く燃えたぎった炎が、今になって真っ赤に燃え始めた。赤く火花を散らし、大きな炎になる。サラのように美しい炎ではなく、それは、地面の下を流れる荒々しいマグマのように力強いものだった。

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