契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

2.

 風がやっとおさまると、グリフはためらうように言った。


「タカオがもし、王子だったら…….」


 グリフが言い終わらないうちから、コダは大声をあげた。


「そんなこと……あってたまるか!!」


 低い怒りの声が森に響く。その声には戸惑いのような気持ちも混ざっているように聞こえた。


 コダは鼻息を荒くして、一気に息を吐き出す。たずなを握る手に力が入っていることにも気がつかない。馬が窮屈そうなため息をつくと、やっと気がついてその手を緩めた。


「たしかに、俺の馬に簡単に乗れる奴がいるとしたら、きっと王子くらいだ。あのキャシーに、まさかああも簡単に乗れるなんて」


 グリフは走りながら、コダを横目で見るとすぐに目を逸らし、しばらくしてから尋ねた。


「………………それは、あの馬の名前か?」


「だったらなんだ」


 コダが不機嫌そうな声をだす。


「いや、別に」


 グリフは無表情でそう言うと、コダに聞こえるか聞こえない程度に呟いていた。


「相変わらずのセンスだな……」


「それは、どういう意味だ?!」


 コダはますます機嫌を悪くして、それが馬にも伝染したように走る速度を早めていく。グリフも走る速度を上げて、息も切らさずに喋る。


「お前は昔からそうだ。なんにでも名前をつけたがる。大抵、変な名前をな。アルだってそうだ」


 グリフは空の向こうを飛ぶ鷹を見つめていた。コダもアルを見つめて思い出すように呟く。


「そういや、誰もちゃんとした名前では呼ばなかったな。アルのこと」


 そう言うコダですら、『アル』と呼んでいた。そして大声で続ける。


「ありゃあ王子のせいだな!アーノルドなんかジジくさいとか言いはじめて。今日からアルだ!ってデカイ声で言うから、結局みんなそう呼んだ」


 コダの表情が微かに柔らかくなるのを、グリフはちらりと盗み見ていた。グリフでさえも遠い昔を思い出して、柔らかい表情になる。


「名前をつけるのは、王子も下手だった」


「ああ、本当に」


 そうコダが頷くと、2人は静かに笑った。それは、微かな笑みだった。幸せと悲しみの狭間の、ため息のような。ふっとはき出されて、すぐに消える。


 そういう笑いかたをする者を、2人はよく知っていた。

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