契約の森 精霊の瞳を持つ者
60.
グリフのいる場所にも、風が吹き始めていた。
「ライル」
ライルはタカオの背中を見送りながら、グリフの呼ぶ声に気がつくと視線を移す。グリフはゆっくりと立ち上がったところだった。
「あんたがタカオを王子だと思った時、俺も混乱したんだ……王子だって、思ったんだ。最初から、気がついていたはずだってウェンディーネが言ってた。自分もサラも、心をどんなに失っても気がついたんだから……」
階段の下にいたライルには、うつむくグリフの表情がはっきりと見えていた。久しぶりに見る、泣き出しそうなその顔を。
「タカオは……あの王子かもしれない」
グリフはそれだけ言うと、タカオの消えた村の入り口を見つめ、ライルが瞬きをした一瞬の間に、階段をひとっ飛びで降り、それから足音もなく走り去っていった。
聞こえるのは、コートがはためく、鳥が羽ばたくような音だけだった。
「おい!グリフ!お前まで……ちょっ、待てって!」
大声を上げながら、コダは慌ただしく馬を走らせて追いかけた。
村の数人は、彼らが行ってしまったあと、ざわついていた。
「本当に大丈夫かしら……戦えるのはグレイス・コダだけよ」
「あれが、グレイス・コダ?いつも寡黙で、堂々としてて、何にも動じない彼が……」
「あの子供は止めなくていいのか!」
そのざわつきの中で、トッシュがライルに言う。
「やはり、グリフを知ってる奴は少ないな。でも、あのコダが振り回されてる。まるで、子供の頃を思い出すよ。グレイスとグリフか。あの悪ガキどもに、どれだけ手をやいたか」
「彼らならきっと……。今は、信じて待ちましょう」
2人の会話を、ジェフは不思議そうに見上げて聞いていた。
「ねぇ、ライルさん。グリフがさっき言ってたこと、どういう意味なの?」
ジェフはライルの服の裾をつかんで、彼らの消えた方向を見つめていた。ライルは涙を拭って、ジェフの頭に手を置いた。
「グリフはね、王子とタカオさんを同じ人だと思っているみたいだね。無理はない。そっくりなんだ。彼は王子にそっくりなんだよ」
ジェフは少し考えこんでいる様子だった。
「ふぅん。でも、タカオはタカオだもん……王子なんかじゃないよ」
ジェフはこの森の王家のこと、王子のことも、話に聞いただけで、実際にはどんな人だったのかも知らない世代の子供だった。
同じ時代に生きた者達でさえ、王子の姿を知る者は少ない。ただひとつ誰でも知っていることは、黄金に輝く精霊の瞳を持つ者は、この森の中で王子だけだということくらいだ。
ライルはジェフと同じ高さになるようにしゃがむと、同じ方向を見る。
「そうだな。今を、生きなきゃいけないな。私達は……」
ーー王子がいたら。この森はきっと昔のように平和になる。
森の者達はその想いを抱え続けた。
ーー王子がいたら。
その想いが、グリフにも、ライルにも、タカオを王子だと思わせてしまう。
ーー王子がいないから。
この100年。誰も、何も出来なかった。
「それは、何もしないことへの言い訳だったのかもしれない」
ライルの言葉に、ジェフは不思議そうに顔を覗きこむ。トッシュにはライルの言いたいことが分かっていた。
「ライル、気がついてたか?初めてだよな。王子が消えてから初めてだ。手放すこと、奪われることに、抵抗しようとしたのは。きっとあの人が、あんた達の風を連れてきたんだ」
ライルはトッシュの言葉に衝撃を受けていた。風は吹き、木々を大きく揺らす。ライルは立ち上がると、息を吸い込み、「私達は……」そう呟くと、今度は腹から声をだした。
「今できることを、やりましょう!」
その大きな声に驚いて、村人達が一斉にライルを見る。その言葉に、どれだけの人の背中を押せたのかは分からない。けれど確実に、先ほどまでの暗さは消えていた。
「乗るんだ、あの風に……」
ライルは噛みしめるように最後にそう呟いた。
「ライル」
ライルはタカオの背中を見送りながら、グリフの呼ぶ声に気がつくと視線を移す。グリフはゆっくりと立ち上がったところだった。
「あんたがタカオを王子だと思った時、俺も混乱したんだ……王子だって、思ったんだ。最初から、気がついていたはずだってウェンディーネが言ってた。自分もサラも、心をどんなに失っても気がついたんだから……」
階段の下にいたライルには、うつむくグリフの表情がはっきりと見えていた。久しぶりに見る、泣き出しそうなその顔を。
「タカオは……あの王子かもしれない」
グリフはそれだけ言うと、タカオの消えた村の入り口を見つめ、ライルが瞬きをした一瞬の間に、階段をひとっ飛びで降り、それから足音もなく走り去っていった。
聞こえるのは、コートがはためく、鳥が羽ばたくような音だけだった。
「おい!グリフ!お前まで……ちょっ、待てって!」
大声を上げながら、コダは慌ただしく馬を走らせて追いかけた。
村の数人は、彼らが行ってしまったあと、ざわついていた。
「本当に大丈夫かしら……戦えるのはグレイス・コダだけよ」
「あれが、グレイス・コダ?いつも寡黙で、堂々としてて、何にも動じない彼が……」
「あの子供は止めなくていいのか!」
そのざわつきの中で、トッシュがライルに言う。
「やはり、グリフを知ってる奴は少ないな。でも、あのコダが振り回されてる。まるで、子供の頃を思い出すよ。グレイスとグリフか。あの悪ガキどもに、どれだけ手をやいたか」
「彼らならきっと……。今は、信じて待ちましょう」
2人の会話を、ジェフは不思議そうに見上げて聞いていた。
「ねぇ、ライルさん。グリフがさっき言ってたこと、どういう意味なの?」
ジェフはライルの服の裾をつかんで、彼らの消えた方向を見つめていた。ライルは涙を拭って、ジェフの頭に手を置いた。
「グリフはね、王子とタカオさんを同じ人だと思っているみたいだね。無理はない。そっくりなんだ。彼は王子にそっくりなんだよ」
ジェフは少し考えこんでいる様子だった。
「ふぅん。でも、タカオはタカオだもん……王子なんかじゃないよ」
ジェフはこの森の王家のこと、王子のことも、話に聞いただけで、実際にはどんな人だったのかも知らない世代の子供だった。
同じ時代に生きた者達でさえ、王子の姿を知る者は少ない。ただひとつ誰でも知っていることは、黄金に輝く精霊の瞳を持つ者は、この森の中で王子だけだということくらいだ。
ライルはジェフと同じ高さになるようにしゃがむと、同じ方向を見る。
「そうだな。今を、生きなきゃいけないな。私達は……」
ーー王子がいたら。この森はきっと昔のように平和になる。
森の者達はその想いを抱え続けた。
ーー王子がいたら。
その想いが、グリフにも、ライルにも、タカオを王子だと思わせてしまう。
ーー王子がいないから。
この100年。誰も、何も出来なかった。
「それは、何もしないことへの言い訳だったのかもしれない」
ライルの言葉に、ジェフは不思議そうに顔を覗きこむ。トッシュにはライルの言いたいことが分かっていた。
「ライル、気がついてたか?初めてだよな。王子が消えてから初めてだ。手放すこと、奪われることに、抵抗しようとしたのは。きっとあの人が、あんた達の風を連れてきたんだ」
ライルはトッシュの言葉に衝撃を受けていた。風は吹き、木々を大きく揺らす。ライルは立ち上がると、息を吸い込み、「私達は……」そう呟くと、今度は腹から声をだした。
「今できることを、やりましょう!」
その大きな声に驚いて、村人達が一斉にライルを見る。その言葉に、どれだけの人の背中を押せたのかは分からない。けれど確実に、先ほどまでの暗さは消えていた。
「乗るんだ、あの風に……」
ライルは噛みしめるように最後にそう呟いた。
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