契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

59.

「コダ!馬を貸してくれ」


 タカオはそう言い放つと、コダを通り過ぎる。突然名前を呼ばれたコダは驚いて反応が遅れた。タカオは集まった村人達の間をすり抜けて、コダがまだ返事もしてないうちから、馬のたずなを握っていた。


「お……おい!かまわんが、そいつら気性が荒くて、俺以外は振り落とされ……」


 そう言いながら、コダもタカオの後を追う。その言葉が終わらないうちから、タカオは馬にまたがっていた。コートが派手に風を巻き起こし、コダにも風が吹く。


 タカオを乗せた馬が小さなため息をつき、鼻息が白い靄となって消えた。


ーーやれやれ。


 まるでそう言っている。コダは言葉を忘れたように、タカオを見上げていた。コダのことは気にもせず、タカオは空を指さしていた。


「あれは?」


 真っ先にジェフがタカオの視線を追い、夜空を見上げる。やけに大きくみえる月を鷹が通り過ぎる。まるで退屈そうに、もしくは風の感触を試しているように翼を揺らす。


「あんな変な飛び方するの、アルだよ。コダの鷹」


 確かに、おかしな飛び方だった。あんな飛び方をする鳥を、誰も見たことがない。風に乗るいうよりも、風があの鷹に集まってくるようにも見える。


ーー器用な奴。風を操ってるみたいだ。


 タカオはコダを見下ろす。


「たしか、ウェンデーネの湖にもいたな。レッドキャップも追えるかな」


 タカオはそう言うと、ライルの家の向こうを飛ぶ鷹を再び見上げた。


「ああ、アルの後を追えばあいつらのアジトにたどり着く……まさか、本当に行くつもりか?!」


 タカオはその問いには答えなかった。代わりに答えたのはジェフだった。


「僕も行く!」


 少しの沈黙の後、ジェフはトッシュに首根っこを掴まれていた。ジェフの抵抗はむなしく、トッシュの無言の圧力がのしかかった。ライルとジェフはトッシュにより、この村に残ることになった。


ーー怪我人と子供を行かせるわけにはいかない!


 トッシュの心の声なら、聞かずとも、その場にいた者には簡単に想像できた。


 ジェフはトッシュに抗議し、ライルがジェフを説得している。タカオはその3人の後ろに視線を投げる。グリフは今だにうつむいたまま、同じ場所に座っていた。


 タカオの声がその騒ぎを止めた。


「グリフ」


 その声にグリフが顔を上げると、タカオはもうグリフを見てはいなかった。タカオは真っ正面を見ていた。その佇まいは静かだ。


「先に行ってる」


 それだけ言うと馬を走らせた。コダが慌てて止めようとしたけれど、間に合わない。


「おい!あいつ1人でどうするんだ!くそっ」


 コダはそう言いながら、慌ただしくもう1頭の馬の準備を始めた。



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