契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

50.

「冷静になれ。焦っても、ろくなことにならない」


 グリフは鋭い瞳で、タカオの不安を見透かすように冷たく言った。そして、周りを見ろと言わんばかりにあたりを見渡す。


 燃えている家はひとつではなかった。悲鳴はシアだけではなかった。タカオにも、グリフの言いたいことは分かっている。タカオは深く息を吸う。拳は硬く握られている。


「一緒に来てくれ。頼む」


 1人でライルの家に向かって何が出来るだろう。火はあちこちから上がっている。タカオは左目の眼帯をはずす。


「ウェンディーネ。火を消してくれ」


 その言葉が終わらないうちに、湖から水が放たれた。まるで、タカオの言葉を待っていたようだった。


「行くぞ」


 グリフは一言だけそう言って走り出し、イズナもジェフもそれに続いた。


「ウェンディーネ!後は頼んだ!」


 タカオが走りながらそう言った時、ウェンディーネはあの子供の姿のままで、涼しい顔をして微笑んでいた。 タカオだけには分かってしまう。ウェンディーネは酷く疲れ切っていた。


 タカオはグリフ達の後を追いかけた。村の中を走っても、この騒動の原因が何なのかは分かりもしなかった。


ーーあの悲鳴は火事のせいか?


 そうとは思えなかった。もっと他の脅威がある。


ーーたとえば、シアが怖がっていた……。


 そこまで考えた時、ライルの家の前に着いた。タカオは先に着いていたグリフの背中に向かっていく。
 ライルの家の前は通りの幅が広く、ちょっとした広場のようだ。


 グリフ達はライルの家から距離をとったところで立ち止まっていた。


「どうした?」


 タカオがそう言った時、見えた光景は異様なものだった。


 見るかぎり、20人くらいだろうか。


「……レッドキャップ」


 その見た目から、タカオは無意識にそう呟いていた。シアが精霊に退治して欲しいと願っていた奴ら。シアの弟をさらっていった奴らだ。


「こんなに大人数……ムリだよ」


 ジェフは怖がって、1歩後ろに下がったほどだった。


 ライルは、玄関を出たところの階段上にいる。レッドキャップ達は、そのライルと、先ほどシアを連れ帰ったユミルを見上げるようにしていた。レッドキャップに取り囲まれても、2人はまるで動じていないようだ。


 取り囲んでいる外側には、数名のレッドキャップが倒れている。すでにライルとユミルで倒したのだろう。一体何人で襲いに来たのかと思うほど、レッドキャップは倒れていた。


 タカオが見るかぎり、ライルもユミルも平然としているけれどケガを負っていた。その後ろには、レノがレッドキャップを睨み、その腕の中にシアがいる。シアは泣きながら、それでも泣くのを堪えるように口を固く閉ざしている。


「行こう」


 グリフは走りだした。それはいつか見た、あの走り方だった。背を低くして、鳥のように飛ぶ。音もなく、獲物を狙う。そして、一撃で仕留める。


 最初にグリフが攻撃を仕掛けたレッドキャップは、グリフが近づいていることにも気がつかなかった。グリフが何をしたか、タカオには分かりもしない。気がつけば、レッドキャップが1人倒れていた。


 レッドキャップの手から、幅の広い大きな包丁のような武器が落ちて地面に刺さった。


 それと同時に、他のレッドキャップ達はグリフを、それからまだ走りはじめたばかりのタカオとイズナに気がつき、気味の悪い目玉を向けていた。


 タカオはその時になって初めて、レッドキャップを正面から見た。浅黒い肌、長く白い髪の毛はボサボサで、その上にあの赤黒い帽子をかぶっている。その帽子の色に似た、赤黒い瞳が不気味に揺れる。


 どこかあのゴブリンにも似ている気がした。ゴブリンに赤い帽子を被させて、顔を泥で塗れば同じだろうか。
 けれど、すぐにそれが間違いだと気がつく。


 大きなナタを持ったレッドキャップ達は、仲間が1人倒れた直後にも関わらず、タカオとイズナを見ると微かに笑った。全員が、同じようなタイミングで同じ行動にでた。赤黒い帽子を触る。


 長く黒い爪を生やした手が、今度は真っ赤に染まる。


ーー血だ。あの帽子、血で染めてる。


 その手で自分の顔を撫で回すと、レッドキャップ達の笑いは一層歪む。まるで、欲望の塊みたいな奴らだった。



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