契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

46.

 夜空を見上げたウェンディーネの瞳からは涙が流れていた。ウェンディーネは自分が泣いていることにも気がつかない。


「ウェンディーネ……?」


 顔を覗き込むタカオは、まるでいたずらっ子のように目を輝かせる。ウェンディーネはその時になってやっと、自分が泣いていることに気がつき、それから困ったように顔をそむけて夜空を見上げた。


 タカオはふっと息をついて笑うと、首に置かれたウェンディーネの手をそっと握って、一緒に夜空を見上げた。ウェンディーネはタカオの手を振り払うことはせず、その代わりに、遠慮がちにその手を握り返した。


 風は穏やかに草花を揺らす。お祭りの音は途切れることもなかった。


ーーあなたの心の闇は、今でも私は見ることができない。何を、隠しているの?何を恐れているの?


 ウェンデーネはタカオの感情を読み取れる。けれどタカオにも、彼女の感情は流れ込んでくる。それは、ウェンデーネがタカオの頭を覗き込むのとは違った。


 タカオには、近づいてきたウェンデーネの残像を見るようなかすかなものしか感じられない。


ーー隠す?恐れる?ウェンデーネ……君は何を……。


 ウェンデーネの思考の、深層まではたどり着けなかった。


 ウェンデーネはタカオが自分の感情を読み取っていることに気がつくと、その瞳を見つめた。タカオも、ウェンデーネの黄金の瞳を見つめ返す。


 ウェンデーネの感情が、先ほどよりも多く流れ込むような気がして、タカオはウェンデーネに近づいてその瞳をもっと近くで見ようとした。


 体の重心が傾き、もう片方の手でウェンデーネに触れようとした時、頭のどこかが麻痺したように何も考えられなくなっていた。


 風が流れて、木々を揺らし、水の匂いと、どこかからやってくる甘い香り、お祭りの賑やかな音の中で、この瞬間はやけに静かだった。 


 タカオの手がウェンデーネの頬を包み、黄金の瞳に吸い込まれるように近づいていく。



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