契約の森 精霊の瞳を持つ者

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44.

 シアはお祭りを見ながら、悲しそうに笑う。


「ううん。もしかしたら、さらわれた子達が……シアンが、どうにか逃げ出して森の中をさまよっているかもしれない。そしたら、この音を聞いて真っ直ぐに帰って来れるようにって、わたしずっと思ってた。もしかしたらって……」


 タカオはそれを聞いて、もう一度お祭りのほうを見る。あんなにたくさんの灯り、大きな音楽は、さらわれた子供達のためだったとタカオは知った。そして思い出す。自分もこの音楽をたよりに戻ってきたことを。


「うん……そうだね」


 シアは気持ちを切り替えたように、タカオに笑いかけた。


「それにね、お祭りなんて本当に久しぶりで……」


 シアの言葉は途切れてしまった。シアの視線がタカオから、そのもっと上へと向かう。シアの視線を追うように、タカオが振り向くと、そこには大きな影の山のようなものがあった。


 思わず叫びそうになるのを、シアは冷静にタカオの肩に手を置く。


「ユミルさん。お久しぶり」


 シアは平気でそう挨拶をするけれど、タカオは驚いたまま固まっていた。


「お祭りの音楽が賑やかね」


 ユミルは大きな体を伸ばすようにお祭りを見る。ユミルが楽しそうに言うので、タカオはやっと冷静に見ることが出来た。


 彼女はとても大きな女性だった。筋肉質の体に、大きな拳。まるでガタイの良い大男の1.5倍。なんて、そんなことは口が裂けても言えそうにない。


 けれど物腰は柔らかで、彼女の辺りは穏やかな空気が漂っていた。


「ところで」


 次の瞬間、ユミルは穏やかな声を少し低くする。たったそれだけなのに、威圧感は恐ろしく高まった。


「シアちゃん。パパとママはあなたがここにいること、知ってるの?」


 ユミルは首をほんの少し傾けた。たったそれだけなのに、ユミルの体からは骨がバキバキと音を出す。


「う……いま、帰るところ」


 シアは耳を塞ぎながら、ユミルを見上げる。その顔はだいぶ引きつっていた。


「やだわ、最近肩がこるのよ。それじゃあ、おばちゃんと一緒に帰りましょうか」


 そう言うとシアの手を握り、強制的にライルの家へと向かう。ユミルは固まったままのタカオを見て、にっこりと笑った。


「あなたがタカオね。そう、なるほど……そうね。不思議だわ」


 それからユミルはおじぎをして、タカオを見る。


「精霊のご加護を」


 顔を上げ、相変わらずバキバキと音を鳴らしながら、シアの手を引いて行ってしまった。


 怖かった。思わずそんな言葉が出そうで、タカオはため息をこぼした。あんなのを見た後にお祭りに行く気分にもなれない。


ーー明日、ライルさんに頼んで昼間にシアを連れて行こう。


 そう決めて、しばらくここで時間を潰して帰ろうと思っていた。タカオは不意に空を見上げる。暗闇にきらめく星空を見ると、ウェンディーネを思い出す。


「ウェンディーネ」


 タカオは無意識に名前を呼んでいた。ライルから聞いた話が今でも忘れられなかった。村を襲ったなんてデマカセを流されて、精霊殺しの標的にされた話。


 ウェンディーネは森の住人を殺し、実体を失った。殺したとされる住人が、この森の王子かもしれない。それも全てが仕組まれていたこと。


「あぁ、ウェンディーネ。酷いこと言ったよな、俺」


 今さらながら、タカオは後悔していた。どれが本当のことなんて分かりもしない。それなのに、決めつけて、責めるようなことを言ったことを悔やんでいた。

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