契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

33.



 タカオはもう、恐怖さえ感じなかった。衝撃が終わるのをじっと待つように耐えることしかできない。まるで永遠のような時間だ。


 風を切るような音、自分の体が衝撃を受ける振動、それについていく事も出来ない。今は痛みすら感じられなかった。


 まともに辺りを見ることもできず、一体どこから攻撃されているのか、殴られているのか、蹴られたのか、それさえも分からない。


 何度も芝生に倒れながら、立ち上がっては次の攻撃を受け、そしてまた倒れる。その繰り返しだった。ふと、攻撃がやみ、タカオはついにライルの特訓とはいえないような修行が終わったのだと期待を膨らませた。


 やはり、自分には戦いなど無理だったのだと、諦めの心が芽生えていた。期待の眼差しをライルに向けると、彼は消えていた。


 そしてどこからともなく現れると、彼の手には、タカオが見たこともないようなものを持っていた。


「タカオさん。目を閉ざしていては、何もできませんよ」


 ライルはそう言って、ゆっくりとそれを構える。それは弓のような形をしているけれど、タカオに向けられた矢は、銀色に輝く矢じりがついている。それはまるで、矢の先に剣でも付けたのではないかと思うほどだった。


ーーあんなの、まともに飛ばせるはずがない……。


 そうは思ったものの、ライルにならできるだろう。なぜかそんな気がしていた。


 そしてあれは、動物をしとめるための弓じゃない。タカオは瞬時に悟っていた。あの矢が刺されば、ただ事ではすまない。


 焦りと恐怖から、タカオはすぐに動くことができなかった。そして攻撃を受けた場所は、思い出したように痛みはじめ、力は思うように入らない。


 ライルの瞳は鋭く、タカオに照準を合わせる。弓の糸が、きりきりと叫ぶ音が聞こえる。今にもライルの指は矢を放そうとしている。


 タカオが唾をごくりと飲み込んだとき、タカオもライルも予期しない事が起こった。








「やめて!」


 泣き声のような叫び声が聞こえたときには、すでにライルの指は矢を放っていた。タカオのすぐ側にあった扉からシアが飛び出して、タカオをかばうように立ちふさがる。


 タカオはシアに驚きながら、その動きがスローモーションのようにゆっくりとしたものに見えていた。


 まるで高い所から落ちた時のような感覚だった。それと違う事はたった一つ。その瞬間、タカオは冷静だった。自分でもぞっとするほど冷静に、この瞬間を見ていたのだ。


 そして考えよりも先に、感覚がタカオに行動させた。何が起こっているかもわからなかったことが、今は矢の軌道も、ライルの見たこともないほどの形相もはっきりと見えた。


 体はもう動かないと思っていたのに、軽々と力を入れる事も腕も伸ばす事もできる気がしていた。


 長い銀色の光が一直線にタカオとシアに向かう。シアは目を固く閉じて歯を食いしばっていた。タカオの耳には、矢が弓から放たれて空気を裂く音が聞こえていた。


 陽気な音楽は楽しげに響き、今では誰かの笑い声もタカオには聞き取る事もできた。どこかで鳥が羽ばたく音が聞こえて、森の中にある木から、木の実が落ちる音、動物の葉を踏みしめる音も聞き分けられた。


 ライルがシアを呼ぶ声も、レノが家の中で悲鳴をあげる声も聞こえ、頭上の空には鷹が羽を広げて旋回している姿をとらえる事も簡単に出来たのだ。


 そしてふと、その鷹が以前に見た鷹だと頭の隅で記憶が叫んだ。風が何かの香りを運んできて、記憶がどこかで形のない何かを形にしようとしていた。


 タカオはシアを掴むと、自分の方へと引っ張る。シアはバランスを崩して後ろへと倒れかけ、タカオはそれを受け止めながら、あのギラギラとした矢をよけるために姿勢を低くする。


ーーあれは、たしか。


 そう思った時、辺りにはタカオのうめき声と、矢が刺さる重たい音が響いた。

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