契約の森 精霊の瞳を持つ者

thruu

32.

 


 シアは2階にある自分の部屋にいた。その部屋の窓からは森の木々がよく見えるけれど、そのどれも背が高く、圧迫感がある。


 シアはベットに横たわりながら、窓に目を向けると静かに窓に近づいた。立て付けの悪い窓を、外に押しやるように開けるとお祭りの音が大きくなった。


 ひんやりとした風が部屋の中に吹き込み、床に散らかった落書きの紙がふわりと移動する。シアはそんな事にも気がつかないまま、森のずっと向こうを睨むように見つめた。


 落ち葉が音もなく裏庭に落ちていく様子に目を奪われていると、そこへどういうわけか、父親とタカオが裏庭に現れた。


「なにしてるんだろう?」


 シアはそっと2人を見つめた。何か会話をしているようだったが、シアのいる部屋までは聞こえなかった。ふと、お祭りの音が止み、部屋に吹き込んでいた風も突然にやんで、シアはなんとなく空を見上げた。


 よく晴れた空は青く、所々に白い小さな雲が、まるでちぎったように浮かんでいた。裏庭から少し目を離したすきに、何か重く鈍い音が聞こえてきて、シアはすぐに裏庭に視線を戻す。


 その時にはタカオがうつぶせになって倒れている所だった。シアは思わず声を上げそうになるのをこらえで、そっと窓から顔を出し、不思議そうな顔で2人が何をしているのかを見守った。


 見守っていると、タカオは立ち上がった。体中に怪我をしているようで、腕や腹を押さえては、よろよろとし今にも倒れそうだ。


 シアの父親はいつも見る父親とはまるで別人のようで、温度のようなものを感じることができなかった。タカオに背を向けたまま何か喋ったかと思うと、タカオは脅えたように数歩後ろに下がった。


 けれど、それは何の意味もなく、シアは恐怖で顔を強張らせていた。


 タカオはまともに攻撃を受け、よけることも防ぐ事もできない。腹を殴られてはその場にうずくまり、蹴り飛ばされては空を舞った。そのたびに鈍い音が響き、タカオの悲鳴のようなうめき声に思わず耳をふさぐ。


「……もうやめて」


 シアは小さく呟くと、瞳からは涙が流れていた。


 2人とも武器になるような物は持っていない。それでも、父親がタカオに向ける攻撃は一方的だった。タカオはまるで人形のようになんの抵抗も出来ないでいたのだ。


 シアはこれ以上は見ていられず、突然窓から離れると勢いよく自分の部屋から出ていった。








 シアが出て行った部屋の中では、落書きの紙が風で舞っていた。


 真っ黒に塗られた画用紙の中心に、赤い帽子をかぶった怪物が大きな口を開けて笑っている。その絵はまるで生きているように、誰もいない部屋でくるくると不気味に踊っていた。

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